社長ブログ

PHP

今から6年ほど前に、前の会社で受注できる仕事を増やすため、WEB事業に取り組むことになった。
その際に、もともと携帯サイトを作っていた部署があったのだが、その部署と僕ら制作が一緒になり、仕事を行い始めたのだ。

最初は、もちろん僕もHTMLなど初心者で、手探りの状態から始めていった。

WEBデザインも良いと言えるほどのデザインでもなく、見よう見まねの作業が続いていた。
数ヶ月たち、XHTMLとCSSでの作業に移り、会社関連の仕事も入るようになっていた。

だが、その時期は、WEBデザイン事務所が既に多く、素人でもワープロ感覚でホームページを作れる安価なソフトまで出ていて、僕としては今後どうするか考えていたのだ。

いずれ何年かたてばもっとWEBは進化し、HTMLを書くだけでは生き残れないと僕は思っていたのだ。
何か、目玉となるものを持たなければ。。。

そこで、Flashやプログラムに目が行った。

Flashは、作り込めばすごいものが出来るのは分かっていたのだが、全てのホームページに必要ではない。
今となっては、iPhoneやiPadでは見れないし、その他のスマートフォンや携帯でも重い。
Flashは、とりあえずバナー程度、ナビゲーション程度に僕の中で抑えていたので、僕はプログラムを選択した。

最初は何も分からず、意味も分からず、仕組みも分からず、失敗もしたし、長い時間がかかったこともあった。
でも僕はこれだと決めて、今までやってきた。

ホームページのどこかしらで、一つは使うだろうプログラム。
CGIは、サーバーに負担がかかるので、僕はPHPを選んだのだ。

今も進化しているし、出来る事も多くなり、PHPは出来ないものはないくらいになっている。

世の中には、もっともっと出来る人がいっぱいいるだろうが、その中の一人のプログラマーとして、今後も進み続けるであろう。
JavaScriptとAjaxもかねて、色々模索しているのだ。

プログラマー兼社長。
大変だが、きっと最後には笑っているんだと僕は信じて歩いている。

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初心忘るべからず

なんでもそうだが、その事に慣れてしまうと最初の想いを忘れてしまう。

いつか何事もおざなりになり、出来ると甘く見てしまい失敗する。

仕事でも恋愛でも生活の中でも、何事でも忘れてしまいがちだろう。

自分を過大評価してはいけないと思う。
評価するのは自分ではなく、世間であり、友達であり、友人であり、自分以外の人である。
たとえ、どんなに出世して、誰にも劣らない技術を持っていたとしても、忘れていけないし、自分で自分を評価してはいけないのだ。

どんな事にも基礎があり、その基礎から全てが始まる。
その基礎をおざなりにし、驕れてはいけない。
日々思い出し、日々努力し、日々初心を気遣わないと。

なぜ、選んだのか。
なぜ、歩んだのか。

立ち止まって思い出す事で、また新しい一歩が踏み出せるかもしれない。
きっと踏み出せると思うんだ。

世の中は早くて、日々過ごす中で忘れてしまうだろう。

一度思い起こせばいい。自分が今なぜここにいるのかを。
自分を確認するのはとても大切な事だろう。
失敗し続けている人ならば尚更に。
僕は何度も自分に問いかけている。
初心忘るべからず。

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虹色の未来

今僕が一番欲しているのが、自社コンテンツの企画である。
独立後、独立した波に任せて落ち着くまで、今出来ることをこなしてきた。
もちろん、新しい事を中心に。
その中でいろんな発見ができ、対策を考え、地道にやってきた。

そして、今、動き出す時だろう。
僕は勝負できるコンテンツを考えている。
何個でもいいし、その中でダメなものでもいいから創り出そうと頑張っている。

僕が一番欲しているコンテンツ。
明日出来るかもしれないし、今年中かもしれないし、まだまだ分からない。
でもこれだけはわかる気がする。
絶対に作れると。
僕はこの僕の人生の流れの中で、そう感じてしまうのだ。
きっと出来上がると。
僕らの虹色の未来が。

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ペット

以前、今の家に住むまでお世話になっていた家があった。

当時、その家で飼っていた猫が何日も戻らなかった。だがその人は探しもせず、死んだのだろうと言っていた。

僕なら、気が狂いそうになりそうな出来事なのに。

そして、最近その家でもう一匹飼っていた猫が亡くなった。
一年前に体調が悪くなり持ち直し元気になったのだが、今年の夏また体調が悪くなったのだ。
医者は、もうだめだとの判断だったらしい。
おばさんは沖縄の実家に帰ってしまったが、その猫は娘夫婦が世話をしていた。
平日は仕事に行き、誰も家にはいない。
そんな状態だから仕方がないのだろうけど、安楽死させたのだと。
ペットの命とは、その人達からすれば物と同じ。

僕はその話を聞いて信じられなかった。
例え死ぬと分かっていても最後まで生を全うさせてあげようと思わなかったのだろうか。

僕は僕が飼っていた猫ではないが、その話を聞いて心が痛くなる。
犬や猫、飼ったなら最後まで面倒を見ようよ。
最後まで生を全うさせてあげようよ。
同じ地球上に住む生き物なのだから。
人間が勝手に生死を決めるのは間違ってはいないのだろうか。
命って人間により天秤にかけられるのは間違いだ。

震災後、僕は特にそう思う。人間以外の被災者が憐れでならない。

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ピラミッド

僕が目指していたものは、僕自身が主となり、僕の元に集まった者たちを守る事。
だから僕の場所以外、全ては敵だと思って過ごしていた。

社員同士仲良くすることはいいだろう。
どの社員も友達のように仲良く、なんでも話せて、なんでも相談できて、一緒にそう一緒に。
それはそれは、楽しいでしょう。過ごしやすいでしょう。

その会社で僕の終わり間際、、、僕は混じりたくなかった。
そんな仲良しこよしの連鎖の中にいることを。
近所で話しているのではない。近くの家に遊びにきているのではない。
上も下も同じ目線で仕事をし続けるのが、とても疑問だったんだ。
ただ、僕もその中の一員。この中にいる限りは。
間違っている。
仕事場という戦場に来て、その先の将来を勝ち取ろうとしているのであろう。
それ以外ある訳がないではないか。

今の僕は、危機感をもって仕事場にいる。
仲良しこよしで、友達通しでここへ遊びにきているのではない。
人生を賭けて、自分の実力を世に試すためにここへ来ているのだ。
そして、勝ち取るために。
だから、仲良しこよしの組織図は即排除せねばと決めている。

僕が目指すはピラミッド型の組織。
社長である以上、僕こそが一番に変わらなきゃいけないのだ。
実現するために僕は、そう僕は努力をし続ける。

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ベンチャー

僕らはベンチャー企業なのだ。
まだまだ小さいが、企業では実施しにくい創造的で、革命的な経営を展開していくのだ。

僕は理解している。
そして決心している。

保守的になっていては、ベンチャーではない。
保守的が良いなら、独立などしていない。

僕らはずっと保守的な場所にいた。
だから仕方がないかもしれないが、根本が保守のままなのだ。
このままではいけない。早く変えなければ。

これが、きっと皆独立したら最初にやってくる壁であろう。
いかに早く過去と決別するかを。

きっとこの僕のあせりが、社内の雰囲気を悪くしているのかしれない。

僕らに今必要なことは、保守的な概念を捨て、新しい事を創り出し、それに向かって勝負していく事なのだ。
どんどんと新しい事を生みだして、新しい事に挑戦し、勝ち上がっていくのが僕らの使命なのだ。
過去にとらわれず、立ち止まらず、新しい技術を取り入れ、新しい未来を築いていくのだ。
僕らを誰も守ってはくれないから、僕らの武器を手に入れるしかないのだから。
足りないものは勉強し、自分の力で習得しなければ意味がない。
この事に尽くし頑張れば、いずれ周りは潤うに決まっているのだから。

僕以外、誰が一番に理解できるのか。
理解して実行するのか。
楽しみに待つとしよう。
僕らはもう後戻りなど出来ないのだから。

これが僕の一番の苦悩である。

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僕の立場

雇われ社員から社長へ、それは相当立場も周りも変わる。
僕の考えも、僕の未来も、全てが変わってしまった。
社員でいたなら、与えられた事だけをやっていれば何とかなっていた。
不況だ不況だと言っていても、最低限の賃金はもらえるだろう。

そんなに高望みしなければ普通よりも少し足りない生活が約束されている。
それに別にこの日本の今の状態を見ていたり、その前から言われていた定収入所得者など
僕らは比べればまだましなほうだ。

だけど、いい生活、欲しいものを買える喜び、その生活を望んでいた僕は、このままなんて我慢できなかった。
それに、僕の築いてきた場所が壊されていくのが何より辛かったのだ。

社長になって、やっとわかった事がある。
会社のために、前会社の経営者はやっていたことだと。 多少の犠牲は仕方がない。そうでないと保たないから。
いろいろかかる金額や、必要な経費、それに会社を守るために行っている数々の事。
4ヶ月やっただけで、やること多すぎで、他にも見ないといけないことが多くて、考えが追いつかない。

今までは、僕がいた部署だけを見ていたから、その場所を守る。それだけを行っていればよかったのだが。

今は見てられない。一人でやるのに限界はあるだろう。まだまだ大丈夫だが、絶対に限界がくるだろう。

保守的になっては僕は、会社は、終わってしまう。
前向きに挑戦し、進んでいく気持ちや考えがなければ、昔と変わらないじゃないか。
そのジレンマと未だ見つからない将来の答えや課題と
誰がその答えを教えてくれる事はなく孤独に日々過ごしている中、

僕と周りの温度の誤差が、もっと僕を変えていっているのだろうか。
何と思われてもこれが僕が決めた道。
周りが折れても、僕は折れる事は出来ないのだ。

僕を理解してくれる人は本当にいるのだろうか。この今の僕自身を。

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pod (ポッド)

前会社で「pod」の単語を使い、制作チーム名にしていた。
WEB関連事業をすることになり、ホームページを作る際、前会社の社名を使わず新しい社名を使ってやっていこうと思い、「pod」を使った名称を使って仕事をしていた。

当時、新会社を立ち上げる話などない。
僕は会社とは別の名称でWEB関連業務を行いたかったのだ。
深い意味はない。

「pod」に僕は想いを込めた。
きっかけもなく、一歩も踏み出せず、僕一人の心の中に想いを込めて。
だから、僕は「pod」を入れた名称の場所で5年間、業務活動をしていたのだ。

その頃から、業界が不景気になることは僕はわかっていた。
だが、僕は当時は踏み出せずにとどまっていた。愛するべきルナもいたからだ。

そして、今年3月、この不景気とこの震災の中、僕は独立をした。

「pod」… 僕の意味するポッドとは、宇宙船からの脱出ポッド。
僕は、脱出ポッドに乗り独立をした。

別に深い意味はない。

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クリエイト

前会社に在籍していた時、僕の仕事は広告のデザインだった。
ずっと雑誌の広告を取り扱い、デザインをする事もあれば、データを指定のフォーマットに変換する事もあり、毎日同じ事を繰り返していた。
その後、WEB関連の仕事を行うようになり、僕は全く違うデザインの感覚を得た。

広告は、印刷物でデザインに限りがあった。
まだ当時はPDFもなく、紙のみのデザインを行っていて、雑誌広告デザインという作り方はほどんと何処も同じような作りだった。

だが、WEB制作は違う。データから紙、紙からデータ。システム構築もあれば、ユーザーサイドスクリプト、サーバーサイドスクリプト 。XHTML、CSS、Flash、それに音声や動画など様々なフォーマットがあり、PC用だけでなく、携帯やスマートフォンやその他のメディアを取り扱っている。

今では、素人がソフトウェアを使い、簡単にWEBサイトを作る事もできるし、無料のスクリプトやシステムも配布されている。

だが、僕は僕自身が書いたコードで制作をする事に誇りをもっている。
WEBサイトもWEBシステムも、携帯アプリケーションも僕は自分の手で作り上げてゆく。
それは、どんな勉強よりも 自分自身を成長させてくれる。
どんなものより僕をゴールへと導いてくれる。

僕はどんな小さな依頼や作業でも手を抜かずに行うと決めている。
どんな小さい事でもそれは僕の作品になるから。
その作品が多くなっていくほど、僕のスキルは成長し、信頼を得られると思っている。

だから僕はいつもいつの日も成長し続けなければならないのだ。

僕はあきらめて止まっている人たちを多く見てきた。
それはそれで幸せだろうが、僕はそんな彼らに同意はしない。
あきらめた時点で成長が止まり、その人も止まる。
その人物を形作るものは何もかもなくなっているだろう。
僕は死ぬまで、この世から目を閉じる時まで、歩き続けていきたい。
これが僕の思想。わからない人にはわかってもらわなくてもいい。

僕のモットーはあきらめずに頑張る事。
そして勝利を手にすること。
せっかくの一度の人生。勝負したいではないか。

仕事を失敗して信頼を取り戻すことは並大抵の事ではないが、あきらめずどんな小さな事も一所懸命にやっていればいつか信頼は向こうからやってくると思う。取り戻せると思う。
僕はそういう人間なのだ。

 

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オリジナル

何が普通で何が普通ではないのか?
この世の中は、多数決で決まっている。
多い方が正しく、少ない方が間違っている。
多くの人は、多数決で多い方に加わり、少ない者を見下している。
同じような考えや意見を求め、同意を得て安心し、そして違う考えや意見の者を仲間はずれにする。

少数の者たちは、周りから不思議がられたり、仲間はずれされたり、いじめられたり、差別の対象にされている。
無意識の中で皆がやっている事なのだ。
悪いと思っていないのが恐ろしい。 言動であれ、行動であれ、暴力であれ、気づかずに行っているのが大多数である。

政党の選挙や国会での投票などで、数票違いで間違いであっても正当化される。
1票違いなら変わらないではないのか?
でも大多数は1票でも多い方が勝者であり、少ない方が敗者である。

僕は考えや生き方が普通じゃないと言われても気にしない。
僕として生きて歩いている以上、大多数の人並みに意見など気にする必要はない。
僕はオリジナルなのだから。

人は人まねをして生きていけるほど、くだらないものなのか?
同意を求め、大多数の意見の中でしか生きていけない人の心の深くには、きっとオリジナルが存在する。
ある時、そのオリジナルが輝けばその人の価値は上がるのではないか。

他人の意見に悩み悲しむ人もいる。仲間はずれにされている人もいる。
僕が例えその中にいたとしても、僕は気にしない。
多数決で決められ、その多くの意見が普通だとは思わないからだ。

そのような普通がいいのですか?

心に持つオリジナルが輝けるよう頑張ればいいではないか。
その人が選んだ人生で、その人が歩いて行く道であるなら。
僕は少ない意見でも受け入れ、その人を応援する。
そんな人を目指し頑張っているのだ。

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