社長ブログ
2012年8月5日 10:10 PM
企業理念は、組織および社員のとるべき行動を規定し(行動規範)、また、組織の目的を決定する。 さらに、企業理念に基づき経営者はビジョンを示し、経営の意志決定・判断を実行する。
会社に属する社員が行う事は、その会社の企業理念だろう。
社員の考えや行動には、経営者は責任があり、経営者の意思と見なされる。
だから、理に反する事をしてはいけない。
社員である以上、会社自体の考え及び経営者自体の考えとなる。
どんなに素晴らしい経営者でも世間の評価は社員次第である。
どんなに経営者が頑張っても社員がその頑張りに値しなければ同様と見なされる。
逆も然り。
一つの過ちが全てを壊す事もあるのだと経営者は肝に銘じなければならない。
信頼と評価は、経営者=社員である。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
2012年8月3日 9:55 PM
良い事であれ、悪い事であれ、僕に連絡が入ったならば、出来る限り早めに返信はする。
僕へのメッセージのレスポンスは、とても気をつけている。
要件が重なり遅れる事も多々ある。
時間がある時にでもと言われれば、忘れてしまいそうになる時もある。
だから、いつでも良いなら今がいい。
早く済ませる事がいいのは目に見える。
もちろん、駆け引きも重要なのですが。
メールも仕事もレスポンス。
友達でも仕事の顧客でも家族でも、ちゃんと責任を持って対応する。
フットワークが軽いのはいい事だ。
皆が気持ちよく過ごせるのが一番だ。
反応が遅い事からは、何もいいものは生まれない。
僕はいつも心がけている。
フットワークは軽く、レスポンスは早く。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(2)
2012年8月2日 11:40 PM
僕が独立する以前と独立した後とで、明らかに変わった事の一つは責任。
責任と言ってもいろいろな責任はあるのだが、仕事に対する責任が全く変わったのだ。
もちろん、以前も引き受けた仕事は最後までやり通す。
何かトラブったとしても必ずや解決するようにしていた。
だが、僕一人が仕事量が増えて帰宅が遅くなっていた時、同じ時間から出勤してるのに何故に僕だけがと思う事も多かった。
定時ですぐに帰る者や遅く出勤する者は不公平だと思っていた。
僕より給料が高いのは何故なのか。
何を判断材料にして経営者は決めているのか。
役員は社員より仕事しなくてもいいのか。
長く働いているからか、気に入られているのか。
特に要らないものに何もせず守り続ける事が理解不能だったのだ。
そう、僕はわからなかった。
わかりたくはなかった。
まず、僕の経営者となり、この納得のいかない事や不公平な事からの離脱から始めた。
見てみぬふりや一部の内緒話。
ほったらかして見捨ててもいいのだが、僕の信念は傍観者にはならない事。
今までで僕が理解し難い事や納得出来ない事を反面教師にしている。
今思えば良い手本だ。
最高の手本になっているのだ。
良い見本は山ほどある。メディアで数多く知り、尊敬し見習おうとする。
悪い見本は実際に体験しないと知る事はない。
だから、悪い見本こそ最善な成長の糧となるのだと思う。
僕が知る数多くの傍観者たち。
僕は傍観者にはならない。
傍観者は何も利益がない。
傍観しているだけでは、何一つ真実を知る事はないからだ。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
2012年7月31日 1:11 AM
仕事を請け負ったのならば、必ずや納期はある。
いつでもいいよとか、手が空いている時でいいよとか言われたとしても、期日はある。
いつでもいいに甘える事は良くない事だ。
なるべく早く終わらせられるならばいいが、いろんな仕事が重なるとそうはいかなくなる。
何を優先し、何を後回しにするのかも決めるのは大変である。
すべてが急ぎという場合もある。
そこで出来ずにやめるのか、やめないかで次が変わってくるだろう。
だから僕は出来る限りやり通したいと決めている。
一つ一つが僕らへの信頼の糧になる。
きっと育った信頼は素敵な方向へと僕らを導いてくれる。
あと一日しかないのではなく、まだ一日あるのだと思う事だ。
あと一時間しかないのではなく、まだ一時間あるのだと思う事だ。
どんなに追い込まれても追い込まれても、出来るんだと思う事だ。
出来ないと口に出した時点で、今後二度と出来ないだろう。
終わりの時間が、まだ過ぎていないのなら、まだ間に合う。出来る事はきっとあるのだ。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
2012年7月30日 11:15 AM
物事には道理がある。
人として道理は守らなければならない。
守らなければ必ずや報いが生じる。
お互いの立場も関係はなく、自己中心な観点や何でも追従する姿勢では、道理は守れない。
どんな状況であっても、道理は守らなければならない。
人として生まれたのならば。
道理とは、人が行うべき正しい道。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
2012年7月29日 2:40 PM
よく頑張っても報われないとか、頑張った挙句裏切られたとかよく聞く。
それは頑張ったんじゃない。
踏ん張っていただけだ。
踏ん張るのは貧乏人で、だから死に物狂いで踏ん張らなくてはならなくて、しかも現状維持。
無力は無力だと絶対に何も追い越せないと。
そう日本では、子供の時から僕らは学校やテレビ、アニメ、本、映画、歌によって叩き込まれている。
頑張れる範囲があり、生まれながらにその範囲は決められ太刀打ちできずに臆病になるよう教育されている。
それが踏ん張りだとは気付きもせずに。
だから、ほぼ僕らは冒険はせず、型にはまった生き方を選択せざるおえない。
それが普通であり、一般であり、平凡であり、幸せであると思い込まされてきた。
頑張りと踏ん張りがすり替わっているだけだ。
大多数と同じでなければ間違っているのだろうか。
列からはみ出たら間違っているのだろうか。
周りに合わせて行儀よく並んでいるのがいいのだろうか。
周りに流されて利用されて八方塞がりな状況は頑張っているとは言えない。
自分を持ち続けていなければ、頑張るとは言えないのだ。
人に言われて頑張っていると思うようでは頑張ってはいない。踏ん張ってるだけ。
自分の意思で頑張るのだ。
自分の為である事が、自分以外でなく周りをも変えてゆくのだ。
だから敢えて僕は言う。
今を変えたいなら、未来を変えたいなら、己の為に一所懸命頑張る事だ。
頑張りは己の精神を育ててくれる。
人は死ぬまで成長するのだ。
スピードは違うが歳を取っても成長する。
頑張ったら必ず報酬はもらえる。
それは絶対だ。
頑張れば頑張った分、己の価値は上がっているのだから。
何にもせずに文句だけをいい、流されているのが望んでいる事なのか。
だから世間を気にする事はない。
違いを見せれば、いつかは納得するだろう。
「一般」には。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
2012年7月28日 9:30 PM
僕が起業後に想定していたようには行かなかった。
想定外だったのだ。
甘く見ていた訳でもなく、ある程度の恩恵は続くのだと思っていたからだ。
僕は、ある約束のもと起業したのだ。
それは家族との信頼以上の大切な約束だった。
だから僕らは数年は大丈夫だと信じ込み過信したのだ。
もちろん、ずっとの恩恵だとは思っていなかったが、それでも信頼を持っていたのは事実なのだ。
それが一年も経たないうちに、第三者によって脆く崩れされるとは、思ってもいなかった。
信頼していた者は知ってか知らずか僕から逃げてしまった。
想定外だったのだ。
僕の未来を真っ向から阻止しようとする者たち。
僕は雑草に足を囚われ、身動きできずに足元をみられ、弱者は弱者のうちに根絶やしにしようとする雑草に引っ掛かってしまったのだ。
約束は守られる事なく闇に葬られた。
だから、、、。
もう僕は戻れる場所などない。
約束などするものではない、信頼を餌にした口約束などは。
周りの妬みかイジメかの感情の中に、僕は後悔と失望に毎日毎日心をえぐられる。
だから、僕は僕の時間が今なくても問題はない。
今の僕は、僕の今と未来を修正中なのだ。
失望の日から、日々の精進を怠らず、一歩づつ上に前にと以前より明るくなってきている。
一年かけての僕の過去、現在、未来の修正。
後悔、失望、怨みの念は僕の原動力に変わっている。
経営者としての荒波は僕自身を無茶苦茶にしてくれる。
否応もなくひっきりなしに。
もっと揉まれていい経営者になるのだ。
その最初の試練は、運命だったのかな。
長く信頼していた場所から始まったのは。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
2012年7月24日 12:00 AM
久々にまだまだ終わりの見えないコードを書き続けている。
プログラムコードである。
もちろんリミットはあり、手が空いた時に書くなんて事はできない。
何十行、何百行、何千行と書いても書いても終わりは来ない。
書いている途中、きっとどこかで間違ってしまったのだろう。
エラー表示もキリがない。
一つ解決しても、しばらくするとまたエラーが出る。
数十行書いては、バグを解決し、また書き出す。その繰り返し。
だが、コードが進むに連れ、動いていなかったプログラムが動き出す。
少しずつでも完成に近づいているのは確かなのだ。
書き続ければ続けるほど作り上がってゆく。
その分、新たなバグが出るが、そのバグを解決したらまたコードは進み、完成に近づいてゆく。
出来もしない事をあたかも出来るように装い失敗し続いていかないものとは違う。
これ以上進み事をやめ、立ち止まるものとも違う。
時が立つに連れ、コードは進行しプログラムが出来上がってゆく。
僕は何度体験しても、プログラムの完成は僕を強くしてくれる。
小さなプログラムであってもだ。
今日みたいに、たまに脳内にコードが溢れ、眩暈に似た疲労感に陥る事もある。
でもこれは僕にはストレスではない。
試練や糧だとそう思うんだ。
僕は相当なMなのだろうか。
状況が辛くなればなるほど、痛めつけられれば傷が深いほど、頑張れるようになるのだから。
明日はきっと気分がいいだろう。
僕はそういう性格だからだ。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(1)
2012年7月23日 4:43 AM
7月21日は、8年前に亡くなったアヤの命日。
奇しくも僕の母親の誕生日。
ヒマラヤンの雌猫。
9歳と9ヶ月で亡くなった。
死因は腹水炎。腹に水が溜まり、心臓を圧迫して亡くなった。
当時、川崎の公害病だと医者に言われた。
当時、僕は通常の会社の仕事以外に、当時働いてた会社でペットグッズショップをやり始めたので、その用意や人手が足りない時に店番をやっていて、相当遅く家に帰ってたのだ。
だから、気づくのが遅くて、体調が悪くなって気がついた時には手遅れだった。
もう一匹飼ってたルナの方を可愛がってて、あまりアヤは可愛がらなかった。
亡くなった時は悔やんで悔やみまくったけど、アヤの分までルナを可愛がろうと誓ったのだ。
あれから8年。
ルナも2年前に亡くなった。
僕の心の支えは何もなくなった。
僕は何か変わったのだろうか?
僕は二度とペットは飼わないと誓っている。
ルナとアヤは、家族であり僕の子供のようなものだった。
自分の子供が死んだら、別の子供を連れてきて代わりにするなんて事ができないように、ルナとアヤの代わりなどいないからだ。
僕が出来るのは、ずっと覚えている事。
堂々と生きる事だ。
時が経てば悲しみは和らぐ。
でも忘れてはいけないのだ。
亡くなった時の後悔の念は。
あの時の悲しみを。
また飼えばいいと言う人がいる。
その命は一つのみ。
代わりなど、この世には無い。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
2012年7月22日 10:15 PM
仕事をしている以上、会社は忙しければ忙しいだけいいだろう。
忙しければ、それだけ需要があり、それだけ必要とされているのだから。
忙しかったならば儲からなければならない。
儲けるために仕事はするものだ。
会社が儲かれば、社員が潤い、家族が潤い、世間が潤うのだから。
潤いのサイクルを続けるのが、経営者の責任なのだ。
儲からなくてもいいなんて言うのは嘘だ。
サイクルの一番最初で儲からず止まるなら、社員や家族、世間へのサイクルはなくなる。
そんなものは周りを不幸にするだけの経営者の自己満足だ。無責任な証明だ。
いつかは本心を悟られ周りから見放されるのは確かだろう。
どんだけ頑張っても…、一所懸命やってるのに…なんて言ってるなら辞めた方が幸せだろう。
人には生まれついての運命、生きてきた環境の身の程がある。
どちらも無いなら、経営者なんか辞めて会社を早めに終わらす事だ。その後、どこかの会社に属し社員になるのがいいだろう。
負けて負けて割に合わない仕事でなく、ありがたいと思えるほど忙しければいいではないか。
流れは止めてはいけない。
勢いの流れを止める事は、経営者なら許されない。
流れのサイクルの中で新しい花が咲くかもしれないのだから。
僕らは流れと潤いのサイクルが止まらぬようにしなければならないのだ。
それが責任だと思うんだ。
カテゴリー:社長ブログ :
コメント(0)
« 古い記事
新しい記事 »