社長ブログ

出発点

弊社エクスプロードは、一年前の今日、業務を開始しました。

設立は2月14日ですが、スタートは3月16日です。

これが短いのか長いのかは、まだ分かりませんが、一年が経過したのです。
僕はまだまだ勉強不足で頼りなく、経営者としては未熟ですが、一年前の僕より成長してるのではないでしょうか。

日本の天地が逆転したかのような悲劇的な震災から4日たった一年前の今日、僕は出発しました。

いろんな想いを抱えながら、震災や世界情勢、政治に不安をおぼえながらに。

次の一年のために、今一度出発点に戻り、決意をリセットしよう。
僕ならば出来るはずだ。
僕らを護れるはずなのだ。

北斗七星の想いにかけて。

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DTPデザイン【My History 3】

トラフィックから版下制作に移り、2年ほどたった頃、入稿形式はMacでillustratorで広告をデザインし、色指定もillustratorで行い、作ったファイルをMOディスクにコピーして印刷所へ送る、データ入稿が増えてきた。

まだ、印画紙を使った版下制作もあったが、だんだんと版下からMOディスクに移っていったのだ。
印画紙はモノクロの広告のみに今後なっていく事になる。

一人一台Macを使い、illustratorとphotoshop、QuarkXPressを使って広告を作っていく、DTPである。
カラープリンター、MOドライブ。
これでMac一台でデザインは完璧になるのだ。

僕は8年間、DTPデザインを職業としてやっていく事になったのだ。
それにMacのシステム面に興味が出てきて、システム内部や構造を勉強していくのだ。

illustratorとphotoshop、QuarkXPressだけでは飽き足らずに、3DソフトのShadeやPoser、マルチメディアソフトのDirectorやFLASH、ペイントソフトのPainter、そしてユーティリティにハマっていった。

診断や圧縮、システムやデスクトップのカスタマイズ、フォントやコントロールパネル、機能拡張などのユーティリティ。そのユーティリティ達を使い、更にMacのシステム深くを知っていったのだ。

この頃に僕はMacオタクとして生まれ変わったのだろう。

ここで僕自体をも、決定的なものにしたのだろう。
DTP、Mac、Adobe、システム、ユーティリティ。
この5つが現在の僕を形成する基盤となっているのだ。

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ルーツ

僕の今を創造するルーツは、今から17年前に僕が初めてデザインと言う職業に携わった、あるアプリケーションだろう。

Adobeが発売しているillustratorだ。

そう、僕が最初にデザインをするにあたり、触ったアプリケーションがAdobeのイラストレーターだったのだ。

初めて触ったバージョンは5。
今のバージョンと比べる事は酷だが、当時は思うような図形を作れるのは画期的な事だったのだ。

僕は、ゲームをやるように覚えていったのだ。そう、Macと一緒に。

僕を司るルーツは、Adobeのイラストレーター。
それは今でも変わりない。

イラストレーターとの出会いがなければ、僕は社長もプログラマーもやってはいないだろう。

僕の起源は、AppleのMacであり、Adobeのillustratorである。
だから、17年たった今でも使い続けているのだ。

Macとillustratorは、僕の運命を左右したアイテムだったのだ。

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版下制作【My History 2】

僕が社員として働き出した最初の職業は、トラフィックだった。
そして、2ヶ月もたたないうちに、僕はトラフィックから異動し、版下を制作する仕事をする事になったのだ。

この頃の広告の制作方法は、今となってはパソコンで制作し、CDやメールで印刷所や出版社に入稿するが、当時のパソコンはCPUもとても遅く、ハードディスクが500MB、メモリーが128MB、記憶媒体はフロッピーディスクだった。
フラッシュメモリーもなく、メールも普及せず、アナログな時代だった。

広告の制作は、版下というものを作るのだ。
雑誌サイズのトンボが印刷された厚紙に、広告デザインがモノクロの印画紙に転写されたものを指定のサイズにカッターで切り、専用のノリで貼り付ける。
広告デザインの元となる図形は、AppleのPowerMac8100で、イラストレーター5を使い、モノクロで作り、モノクロプリンターで出力し、印画紙に転写して作っていたのだ。

今ではパソコンで図形の塗りと線に色を付けるのは簡単に出来るが、この時代は完成した台紙をコピーし、そこへ鉛筆で色指定をする。CMYKの%指定で。

毎回色指定するのも大変なので、使用する原稿によって、色指定した用紙を何枚もコピーしておくのだ。

写真を原稿内で使うなら、台紙に薄いシートを貼り、その上にコピーした写真のアタリを貼り付け指定すれのだ。

一部文字を変更するのは、写植用の文字をコピーして上手く原稿上に貼り付けていた。

現在のDTP制作はパソコンとカラープリンター、デザインソフトが必要だったが、以前は台紙、印画紙、カッター、色指定紙が必要だった。

この時期から2年ほど経つと、写植的な版下制作から、パソコンを使ったDTPへと変わり始める。

トラフィックの次の仕事は、版下制作だった。

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東日本大震災から一年

本日、東日本大震災から一年が経ちました。
未だ、復興が進まず、原発も収束せず危険な状態になっています。
一刻も早く、被災された人達が元の生活に戻れる事を願っています。
そして、震災前の日本に早く戻れる事を願って止みません。

振り返れば僕は震災の4日後に、以前勤めていた会社を4人で退職し、今の会社を立ち上げました。
日本がこの危険な状態にあった時、先行きの見えない未来の中、起業しました。
だから僕はこの悲惨な震災を二度と忘れる事はありません。
明るい未来へ歩んで行くように、日本の復興を願い、僕らは小さくても一つずつ貢献していつの日か大きな一歩を届けられるように前進して参ります。

どんな辛い事があっても、震災を乗り越えようとする人達の想いに、負けぬよう頑張れる自信に変えて行きたいと思います。

壊滅的な被害を受けても諦めず立ち向かうスピリットを、自らも少しでも近づけるように努力して行こうと、この一年の復興に向こう人達を見て決心しました。

水や食料、いろんなものが東京でも足りなくなり、計画停電や節電など、今まで僕があって当たり前だと思っていたものが、とても大切なものなのだと実感しました。
この震災や体験を未来に活かせるように、忘れない事が今僕に出来ることです。
今後、日本や被災された街の復興には、相当な困難が待ち受けていると思いますが、僕が出来る事で少しでも貢献して行きたいと思います。

被災された皆様に、改めて心からお見舞い申し上げます。

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タイトロープ

現時点では出来てはいないが、完成日に合わせて出来るを見越し出来ますと言うのは、僕の営業手法だ。

以前勤めていた会社の時から僕はこうだった。

やみくもに何でもかんでも出来ると言っているわけでもない。
出来ないのに出来る、出来ると言うのは、出来ます詐欺だろう。
結果、出来ないなら大迷惑ではないか。

出来るか出来ないか微妙なところで、出来ますと言って結果、出来なかったのなら、それは駆け引きに負けたのだ。
いわゆる、自分を理解出来てないのだろう。ただの過信評価だ。

僕は、出来ない事でもやった事がない事でも、結果を想定して出来ますと言っている。

今のところ、僕は駆け引きに負けた事はない。

これは危ない綱渡りだ。
だが、僕はこれをやめようとは思っていない。
究極のマゾヒズムだろうか。
いや、毎回僕は駆け引きに勝った事により成長している。
自分の限界は自分でしか越えられないのだから。

今で納得しているのであれば、それがその人の生涯の限界点だろう。

僕は限界など感じたくない。だから、僕の人生は、タイトロープなのだろう。
危なく生きているがそれでも、どんな時でも僕は成長したい。

僕というものに、生まれてきたからには。

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トラフィック【My History 1】

僕が初めて会社という組織に所属して働き出したスタートの職場はトラフィックだった。
トラフィックとは、単なる運び屋だ。

別にスキルが必要なわけではない。
ただ、決められた時間内に相手に届けるだけだ。

依頼されたものを相手に届けるトラフィック。
今は配送業のコストが安くなり、大手の会社以外では見かけなくなった。
昔は広告業界で小さな会社でもトラフィックがいたのだ。
会社の顔という人もいたが、それは単なるヤル気を出させるための言い方だったのだろう。

トラフィックの仕事はあまり長続きがすることはなく、人が頻繁に入れ替わる職業でもあったのだ。

相手から渡されるものがもあり、それを社に持ち帰る。
誰でもできる仕事。
僕でなくていい仕事。
だから、働き出した人は皆思うのだろう。しばらく働いて次を見つけようと。

ただ僕は、入社当初はトラフィックにやりがいを見つけたものだった。
その前はバイトを転々とし、水商売とかをやっていて、決心し昼の会社で働き出したからだ。

それが一ヶ月たつと同じ繰り返しなのだと気付いたのだが、僕は決心していたから、やる気は入社当初からと変わらずにあったのだ。

入社当初は、僕より年下の社員から指示を受けるので、初めて僕は会社組織には年齢順ではなく、勤続年数とスキルだとわかったのもこの時だったのだ。

このトラフィックという仕事をやっていて思ったんだ。
内容はとてもつまらなく、スキルもあがらないし、同じ事の繰り返しだ。
だが、この仕事が良いか悪いかなんて、自分で決める事なのだ。

仕事をやらされているうちは、どんな仕事でも辛いしつまらないし辞めたいだろう。何の得にもならない。
僕はやらされていた訳ではなく、仕事を喜んでやっていたのだ。自分の意思で。
だから、やりがいを見つけていたのだ。このトラフィックに。

僕は、「トラフィック」からスタートした。
別に威張るほどのものではないが、隠すようなものでもない。

仕事はやりたいと己が思う事で、全ては変わるのだ。
たとえ、どんな仕事であっても。

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厄払い

去年と今年を比べると明らかに違う。
今年に入って、目には見えないものが変わり始めているのが分かる。
良いように変わっていっている、そんな感覚がある。

今年の正月、京都の八坂神社で祈願してもらったからなのか。
八坂神社では、僕は後厄だった。
本厄の去年は、相当いろいろあったのだ。それが僕を勉強させてくれただろう。
何もわからない僕には、苦しい一年だった。

前厄になってすぐに、大切にしていたルナが亡くなったのは、厄年が関連していたのだろうか。
僕に周りにも前厄の時に家族が亡くなった話を多く聞く。
2年前の前厄から始まり、今年後厄になるまで、辛い事だらけだったんだ。
それはメンタルの部分が特にね。

それが今年に入り、厄が落ちた気がするんだ。
一月に僕を揺るがす出来事があり、その時は信頼をも失くした。
それが厄だったのだろうか。
解決し、その信頼を失くした途端に何かが変わり始めたんだ。

うん、きっとまた僕は目覚めたのだろう。

どうしようもない状況の僕が、何かをきっかけに目覚めた事が今までに何度かあった。
僕が子供の時から何度かあったのだ。
僕は目覚めたらすべてが良いように変わり始めたのだ。
だからきっと今回も目覚めたのだろう。

まだ今年は始まったばかり。
それに合わせて、一月に厄が落ちたのだろう。

僕をずっと捕えていたものが、もしかしたら僕の一番の厄介ごとだったんだろうか。

昔から言われている厄年に起こる災難。
何かの力によって、払われた気がするんだ。

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過程

いつの日にも、納得できない時はある。
上手くいかない時もある。

その現状に悲しくなる時はある。
自分がどれだけ非力かを感じる時もある。

誰だって当たり前なのだ。そう感じる事は。
皆、完璧ではない。足りない部分を補うために、皆頑張るだ。

ただ、頑張るだけなら誰だって出来る。どれだけその頑張りを自身に近づけることなのだ。

誰かが見てくれているわけではない。
やはり持って生まれての運命が左右する事であるのだろう。

だから、運命に立ち向かえる努力をしようよ。
自分で納得できる努力をしようよ。

そう、運命を受け入れようよ。
どんな状況も、それが自身の運命であるのだから。
負の想いを持ちさえしなければ、前向きな想いはきっと応えてくれるか。

僕は今、残念な状況もある。
悲しい状況もある。
苦しい状況もある。
だが、この状況を受け入れたら負けなのだ。
だから、僕はどんな状況になったとしても絶対に受け入れない。

例え、辛い状況だったとしても、僕は受け入れない。
例え、僕の価値を失くしたとしても。

信じているのだ。
信じるのだ。
まだ見ぬ未来を。
結果を要望はしない。
その結果に恥じないように進む。それが僕の全て。

結末を僕は要望しない。
失敗しても成功しても、その過程を恥じないように自信をもってほしい。
恥じるべきは、その者の失態なり。

周りが恥じても同じ事。
僕はそう思う。

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現実

今は仕事の関係上、会社を夜11時過ぎに出る事は多い。
独立してこの一年は、ずっとそうなのだ。

今ではそれが日常で、家に着くのは12時過ぎというのもざらではない。

なんか、遅いのが通常で僕は夜の住人じゃないかと思う時がある。

それが僕の日常である。

だが、それを悪く思ってはいない。
いつか、この日常が僕に幸運をもたらす事を願っている。

眠りから起きて、出社し、夜遅くに退社して、その流れはいつもである。
その中で、日々僕が思うシチュエーションを現実に出来る時こそを願う瞬間を、僕は大切にしていきたい。

今の僕は、朝起きて家に帰るまでが変わらない現実を過ごしている。
少しの刺激で僕の運命は変わり始めるだろう。

偶然でも必然でも、僕には何かしらの前兆が見えているのかもしれない。

それは、僕に必要な光を放っているのだろう。

一生の中で、その光を感じる事は稀である。

だから僕は光を手に入れるために全てを捧げているのだ。

僕の日常は平凡で、何も突出するものがないかもしれない。
だが、僕は知っている。

いま、全てが変わり始めている事を。
この変化は予兆であり、次の僕に導いている事を。

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