忘れられない場所

どうしても忘れられない場所がある。
悲しみの場所。
愛猫ルナが亡くなった場所。

体調が悪くなって、毎日獣医科に通っていた帰りの車の中で亡くなった。
とっさの判断を僕は誤り死なせてしまった。

僕が間違えなければ今でも生きていたかもしれない。
いや、生きていただろう。
そう思うと、僕は今でもずっと苦しい。

僕の家族の終わり方は、何故みんな辛い終わり方なのだろうか。
僕の家族の死は、今でもずっと僕を苦しめる。
全てが僕の責任だと問い詰めるほどに。

ルナの死も僕のせいだとわかっている。
僕の愛するものは、みんな悲しい最期を迎えるのだ。

僕は死んでいった人に問いたい。
死んでいったルナに問いたい。
何故?普通に死ななかったのだろうかと。
そうしたら、全て悲しいだけで過ごせたのに。
そうしたら、毎日家から駅までの道のりの途中、ルナが亡くなった場所を知ることも見ることも後悔することも無かったろうに。

東日本大震災で、こんな僕なんかより、相当の苦しみや悲しみを負った多くの人がいる。
その苦しみを考えたなら、僕のこの痛さは比ではないだろう。

それでも、毎日あの場所を通ると悲しみがフラッシュバックして苦しくなる。後悔の念が僕の心臓をわしづかみにする。

独立から、毎日めちゃくちゃに頑張っているのは、この死が運命だと思いたいがため。
この死が背中を押してくれたと、そして見守られているんだと思いたいがため。

でも、生きていてくれた方が幸せだったのは、僕はちゃんと分かっているのだ。

本当の意味はわからない。
僕の運命なのか。僕が死なせたのかは。

ただ、毎日あの日を忘れるほどに頑張るしか僕を救うものはない。

きっとこの先も僕が死ぬその日まで、僕が愛する人は僕のせいで死んでいくのだろうか。

また新しい苦しみを与えられるのだろうか。

そう思うと僕はもう何も愛さないと思ってしまう。
たとえ愛したいと思っても。

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コメント

  • ルナのことはいつまでも忘れないし、大好きなんだね。

    2012年4月3日 10:03 AM | 叶屋

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