社長ブログ

孤独感

僕は、何故かずっといつも独りであ る。
周りに人がいないとか、 友達がいないとかそういう事ではない。

立場が孤独なのだ。

僕の立場に、いつも孤独感が感じる。
言葉が伝わらないとか、心が通じないとかそういう事ではない。

僕の一歩が、僕の行動が全てを決めてしまう事への恐怖なのだろう。

登りきれば、見渡す限り高原を見る事もあれば、
登った先が崖の上で、進む事も退く事も出来ない事もある。

動けなくなった時が恐怖であり孤独であるのだ。

先は見えない。
見えないから歩くのだろうし、見えないから必死なのだ。

僕の孤独感は誰にも拭う事は出来ない。
出来るのは己のみなのだから。

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吸収

世の中には、まだ僕が知らない事が多くある。
大きくて目立つものも、小さくて気づかないものも多くあるのだ。

日々、それらを経験していく事が己の可能性を上げていく事である。

どんな小さな事でも、もしかしたら今後それが活路になるかもしれない。
それが成功への鍵になるかもしれない。

だから、何事でもどんな事にでも目を向けて、吸収していく事が大切であり、僕にとっては全てであると思う。

大きさだけで判断してはならない。
成功への鍵は大きさだけではないはずだ。

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ディスライク

この世のあらゆる創造物で、僕が特に嫌いなものは山ほどある。

この世のあらゆる生物や感情で、僕が特に嫌いなものは山ほどある。

昔は側にあるだけでストレスになっていた。

●子供時代は問題なかったのだが、ゴキブリを筆頭に虫がだめなのだ。
●全般的に僕は鳥恐怖症なのだ。
●小魚以外触れないのだ。金魚が限界。
●レモンを筆頭に、野菜・果物の酸っぱいものはダメなのだ。ビタミンCが豊富なものがダメかも。
●この世で現時点で嫌いな人物は4人いる。僕の理想を理解出来ずに終わった者。己の理想と現実を区別出来ず彷徨う者。彷徨う者を一番に捧げる者。その彷徨う者と捧げる者に上手く使われる者。隣にいるだけですら、息苦しくなる存在である。

誰しにも存在するはずだ。
許すべからずの存在がある事を。

この世のあらゆる創造物で、僕が特に嫌いなものは山ほどある事を。
この世のあらゆる生物や感情で、僕が特に嫌いなものは山ほどある事を。

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運命のカード II

僕のもとにあった5枚のカード。
僕が独立するときに、2枚を捨て3枚を持って旅立った。

旅立つ準備を怠らないように、約一年かけて3枚のカードのレベルをあげてきた。

去年末にその中の1枚が使い物にならなくなり、捨てる事にした。
他の2枚と同じ年月をかけてレベルをあげてきたのに、無駄に終わった。

捨てた1枚の代わりに新しい1枚のカードを僕は引いた。

今までと同じように準備してレベルをあげる事は今の僕には出来なかった。
ただ、手元の2枚のカードがもっとレベルが上がり、任せられるようになっていた。

今、僕の元にある3枚のカード。
今年は龍の如く昇り始める時。
また、半年後に見てみよう。
今よりもっとレベルが上がっている事を願って。

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永久欠番

生まれて生きて行く中で、生まれて生きて来た中で、誰も僕の代わりなど出来ないと、居ないと思い続けてきた。

僕はただ一つのオリジナルであり、僕と同じものはこの世に存在しない。

生まれた瞬間、幼稚園、小学校、中学校、高校、上京した時、一つ前に働いていた会社、そして今。

それが僕自身を支える希望であり、夢を見る事ができる基盤である。

僕がオリジナルではないと分かった時点で僕の価値など皆無に等しくなるだろう。

僕が存在した証に、永久にそこに居たと人の心に刻まれる。
それが本望。例え、その場所から去ったとしてもだ。

多くの似たような者達の中に埋もれるようでは、僕の大志はその程度である。

僕の存在に代わりなどいないと、出会った人の永久欠番になれれば本望だ。

早くても遅くても構わない。
僕が出会う人でも同じ。
代わりがある出会いなら最初から出会わないのと同じ。

この一年、僕の周りには存在しない人もいた。
いきなり存在しなくなる者もいたと思えば、最初から存在しない者もいた。

その空いた席には違う誰かが座るだろうに。

切実に思うのは、お互いが永久欠番である存在が一番であるという事。

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義理と人情

今日は、母の日だった。
本当の母親だけに感謝をするだけではなく、お世話になった人に感謝をする日でもある。

僕は既に母親はこの世にいなくて、感謝をするのは母親がわりに育ててくれた伯母である。

最近、やっと僕はこの感謝という意味を理解するようになった。
独立をしてから、こんな僕を助けてくれたり、良くしてくれる人に感謝をしている。

だから、お世話になった方に感謝の気持ちを贈ったのだ。
僕が上京したこの20年。
やっぱり、母親のように良くしてくれたのは、以前勤めていた会社の専務さん。
いい事悪い事いろいろあったが、やはりとてもお世話になった事には変わりはない。

今年の母の日も感謝を込めて花を贈ったのだ。

僕として生まれたからには、僕の気持ちに正直に生きていたい。
義理と人情を大切にして、忘れてはいけない義理は絶対に忘れてはならない。

一年間、例え以前に交流があったとしても、連絡する事もなく、会う事もなく、交流もなく、義理もない付き合いの人は、それはもうただの人だろう。

FacebookやTwitterのつながりの現代で、そのつながりすらない人は既に関係のない存在だろう。

僕は一方通行のつながりは求めてはいない。
いい交流を目指し義理を通すのだ。
その相手が僕とのつながりを切った時点で終わり。

その目安が一年だろう。
一年に一度も何もないならそれだけの事だ。
一年に一度の日なんて多くあるのだ。
誕生日や母の日、父の日、クリスマスや元旦など。

遠くに行ってすぐに会えない人は、またの交流が待っているかもしれないが、会える範囲にいるのに何も交流がないのは、結果が語っている。
それだけの付き合いだと。
だから僕はその人とは、何もないと思っている。

僕は僕が思う考えの中で生きている。
だから、感謝しなければならない人には、たとえ会えなくなっても感謝をし続ける。

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充電

僕は独立したこの一年、ほぼ休まずに出社して仕事をしてきた。

何もなく休日を過ごし、一日中家にいるのは不安でならなかった。

平日は通常業務で普通に仕事をしているが、土日や祝日になっても会社にいた。
不安を和らげるための僕なりの手段。

家にいるより、会社にいる方が安心できるのだ。
起業した人や世の中の経営者は、皆僕と同じなのだろうか?

会社にいれば経営者ならば、する事は山ほどあるのだ。
考える事も山ほどあるのだ。

僕はもともと、仕事でもプライベートでも一人を好む。
自分の思うように出来るからだ。
今でも一人を好む。
だから、誰もいない時間が唯一の思い切りはかどる時間なのだろう。

だが、集中的な頑張りは周り全てに影響し、体調や生活までをも変えてしまっている。

僕はまだまだ昇らなきゃ行けないのだ。
立ち止まる事など出来ないのだ。

だから、たまには充電をしよう。
無になろう。

2年目、体調に気をつけて頑張っていこうと思う。
たまには何もしない充電もいいかもしれない。

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使命感

僕は使命感というものに囚われすぎている。
僕がやらなきゃ誰がやるんだと思いすぎているのではないだろうか。

以前から僕は、会社を設立する前から僕は、僕しか出来ない。
僕が頑張らないと。
そんな言葉に囚われていた。

人を信頼していないからではない。
きっと僕が生まれてから過ごしてきた環境のせいでもあるのだろう。

この世に生まれたのだから、僕は何かを成し遂げなければならない。
会社を設立したのだから、僕は必ず成功しなければならない。
僕に付いていたのだから、僕は彼らを幸せにしなければならない。

こんな事を考えているのは、とても疲れる時もあり、とても苦しい時もある。

いつからだろうか?このような「使命感」に囚われ始めたのは。
昔からあったとは思うが、やはり会社を設立してから思うようになった。

今の僕は使命感から抜け出す事はできないだろう。
ただ、僕はこの使命感に恥じぬように生きていくだけなのだ。

きっと誰かは僕を理解してくれているはず。
こんな僕を。

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仲間

自然と周りには仲間が集まってくる。
どんな人物であれ、日々付き合う事で最初とは印象は変わってゆく。

仕事でもそうだ。
僕の周りに仲間が集まってくる。
もちろん、集まって来なければ何か原因はあり、それがその者の限界なのだろう。

逆に仲間が減っていく場合もある。
自然と減っていくのか。
あえて減らしているかにもよる。

同じ志を持ち、一緒に夢へと歩んでいる仲間はいいものだ。多ければ多い方が良い。
そんな僕を応援してくれている仲間もいいものだ。僕を友と想ってくれる仲間もいいものだ。

仕事上で知り合い一緒に仕事をし続ける仲間もいいものだ。
利益があろうがなかろうが、一緒に仕事が出来るのは嬉しい事だ。
例え利益があくとも僕がやりたいと思うのならいいではないか。きっとその先に何かが待っているかもしれないから。

一緒にやってきた仲間だと思っていた者が違う場合もある。

昨日の敵は今日の友。昨日の友は今日の敵。
友では無くとも、仲間でも知り合い止まりでも関係なく、今までは普通に居られたのに、今日敵になる事も多々ある。

それは僕にとって一番に残念で失望する日々をしばらくは送る事になる。
僕が思うようにはならないのが現実だ。
ただ、絆だけは守りたい。

自分で切るのはたやすい事。
たとえ、何年・何十年会わずとも絆があれば会ったときに時間の穴埋めはすぐに出来るはず。
出会えた奇跡というものを理解し大切に育てている者であれば、自ずと分かるはず。

なのに、昨日の仲間は今日の敵になってしまう人もいる。

また一人僕の人生の中で、要らない者が生まれた。

だけど、これくらいの失望や裏切り、落胆があるから僕は戦っていけるのだろう。
壁にぶつかり、不安に押しつぶされそうになるから僕は戦い続けられるのだろう。

雑魚や小ボスや中ボス、大ボスRPGの世界では常に主人公の前に敵は現れる。
負けないように強くなるだけだ。倒せるまで努力するだけだ。

仲間でなくなるのは悲しい事だが、それはきっと運命だろう。
そういう者たちが増えるたびに僕は強くなることを、彼らは知らない。
なるべくしてなった必要のない者。

きっとまた僕の周りには新しい仲間が増える事だろう。だから一瞬の失望などたいした事ではない。

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創世記【My History 7】

今の僕を形成しはじめた日々が始まったのは、2003年。

その年までは、僕は責任感などなかった。上手く会社の流れに乗っていればいいと思っていた。
自分以外がどうなろうと良かったのだ。僕に被害が被らなければ。
給料や昇級に関係する人物だけに媚びを売り、良い子を演出して過ごしてきた。

別にそれに物言う人がいても気にしてはいなかった。
流れに乗ってさえすれば安全で守られた世界にいるのだから。

それは大きな間違いだと気づいたのが、2003年。

会社の部署を僕が任され、僕の下に部下が入社し、部署として上司として会社に貢献できるよう頑張ろうと思い始めた。
僕の真似をしてもいいように、僕は精一杯に常識を重んじ、何を聞かれても答えられるように日々勉強し努力し続けた。

聞かれて答えられない。相談されて答えが出ない。仕事でも何でも必ず解決するように陰なりに努力した。
僕が分からなくて、僕が出来ないものなどあってはいけない。
そんな強迫観念に囚われていたが、僕は何度も克服し出来るように努力した。

初めての部下にどう接していいかのか分からない事も多かった。
逆に部下に教えられる事もあった。
今までは社内から出たことはなかったが、クライアントに直接打ち合わせで出向いたりするようにもなった。

僕が出来る範囲以上に、何かに打ち込む事がこの年から始まったのだ。

これが僕のターニングポイントだと思う。

この時がなければ、きっと今の僕はいないだろうし、今の会社もないだろう。
もしかしたら、今一緒に働いている仲間とも出会ってなかっただろうし、未来が変わっていただろう。

どんなドラマティックな展開でも、普通のありふれた展開でも構わないが、
運命や宿命なんてものをこの時僕は感じたのだった。

部下と意思疎通が上手く出来ずに、苦しい立場に立たされた事もあった。
僕の事を怨もうが何しようが守らなければならないもののために、部下を辞めさせた事も何度かあった。

守るべき思想が生まれたのはこの時だっただろう。

2003年から2004年が僕の創世記だ。

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