社長ブログ
2012年4月5日 11:40 AM
何事でも捉え方によって大きく変わる。
答えを求める時、YESかNOの二択しかない。
それ以外を求める事は出来ない。
答えではないからだ。
ポジティブかネガティブか。
どうしようもない時はある。考えて考えぬいてもどうしようもない時はある。
そんな時でもネガティブに考えずに、なるべくポジティブに考える事だ。
ネガティブは、その人の気持ちをダメにする。その人の行動をダメにする。
どんなに自分に負い目を感じても、心まで否定的になってはダメだ。
どんな時だって最後には乗り越えられる。乗り越えられない事などないんだ。
自分を信じる事だ。今の今まで生きてきたのであれば、その年月の自身はあるはずだ。
そう願おう。
ポジティブに、前向きに。
捉え方によって全てが変わる。
失敗しても、上手くいかなくても、次は確実に出来ると誓うのだ。
ゴールは遠く辛くても、まだまだこれからだと誓うのだ。
進める以上は、進むべきだ。
ネガティブな気持ちは捨てるのだ。
まずはそれから始めよう。
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2012年4月4日 10:40 PM
中島みゆきの「時代」。
僕が京都にいた頃から耳にしていたが、アイドルが好きだった年頃だった僕は聞かなかった。
東京に上京してバイトをしながら生活していた頃、中島みゆきを聞き始めたのだが、当時流行っていた「あした」から聞き始めたから、あまり昔の曲を聞かなかった。
もちろん、ファンだと言っているくらいなので、古い曲も聞いてはいたのだが、あまりにも有名な曲だったことと、聞かなくてもフレーズは分かったし、この曲を耳にし過ぎて飽きていた感もあり、それに当時は歌詞に共感せずにこの曲をスルーしてしまっていた。
だが、今僕はこの歌の意味がわかるようになった。
やっとだろうか。
この曲は、この歌詞は壮大過ぎて身近に感じる事が出来なかった。
幾つもの挫折を経験してこそ、この歌の本意が分かるのだろう。
幾つもの年月を生きてきたからこそ分かるのだと思う。
どんな人でも、その人の人生に当てはめて聞く事が出来る。
「時代」は伝えている。
例えどんなに悲しい今でも、いつか振り返り笑いながら話せるのだと。
だから、くよくよせずに今日の風に吹かれましょうと。
笑って話せるその日まで、何度倒れても生まれ変わり出会い歩き出すのだと。時代は良くも悪くも周りながら。
この曲の意味がやっと分かったなら、僕は次に向かっているのだと感じるのだ。
今度機会があったら歌ってみよう。
人それぞれの時代があるはずなのだから。
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2012年4月2日 11:00 PM
僕が中学一年生になった頃、任天堂からファミコンが発売された。
僕は以前から任天堂から発売されていたテレビゲーム15やゲームウォッチが好きな子供だった。
ファミコンでドラゴンクエストが初めてのRPGだったのだ。
最初は何も装備もなく、貧相なスタイルで始まる。
勇者の血を引き継いでいる主人公は、さらわれたお姫様を助け出しドラゴンを倒す。
そして世界を救う。
今となっては当たり前となった王道のストーリーの基本である。
弱い敵ですら倒せなかった主人公は、戦ってレベルを上げ、金を稼いでより強い武器や装備を買い、書物を読み魔法を覚え、レアな装備を見つけ、様々な人と出会い、仲間と一緒に冒険をして成長してゆく。
一から何かを始めようとする者に上手く当てはまる。
トライしようとする者にとても当てはまる。
実際、ゲームとは人の経験の元に作られた娯楽であると思う。
RPGは、人の運命を仮想空間に再現し、あたかも自分が体感してるかのごとく進むものなのだろう。
どんな人でも、何かを始めるのは恐怖なものだ。
それに打ち勝ってこそ、目的を達成してこそエンディングを迎えられるのだ。
難しいと諦めてはだめだ。
倒せないと諦めてはだめだ。
解けないと諦めてはだめである。
自分ができる範囲でレベルを上げるのだ。
解ける人に頼り、解き方を覚えるのだ。
時間がかかってもいい。
着実にレベルアップするのだ。
逃げてはだめだ。逃げたらもうその場所には戻れなくなる。
今だから倒せる敵もいるんだと気づかなきゃだめだ。
時期を逃したら倒せるものも倒せなくなる。
人生はRPGである。
諦めて今までと変わらずに生きてゆく事も出来る。
時間をかけてもエンディングを迎える事も出来る。
目的を果たせたら、次は更に難しいRPGに旅立つ事も出来る。
決めるのは自分自身なのだ。
もしかしたら旅立ちの敵は、己自身なのかもしれないね。己に勝ってこそ一歩が踏み出せるのだから。
諦めようが、最初からやらないであろうが、好きにすればいい。
ただ、せっかく成し遂げるチャンスがあるなら、無理してでもやるべきである。
平々凡々と暮らし終わっていく事が、全うして生きたと言えるのか。
それで本当に何も後悔はないのか。
年なんて関係ない。いつだって旅立つ事は出来るのだ。
生きている事自体が、もう旅立っているのだと気づいた方がいい。
だったら、より強くなろうと思えるのは普通の事じゃないだろうか。
日々の些細な事でも経験になる。
少しでも今より上を望み歩んでいたら、経験値はたまりレベルは上がる。
僕は見てみたいんだ。
最後に待つ敵の姿を。
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2012年4月1日 9:15 PM
どうしても忘れられない場所がある。
悲しみの場所。
愛猫ルナが亡くなった場所。
体調が悪くなって、毎日獣医科に通っていた帰りの車の中で亡くなった。
とっさの判断を僕は誤り死なせてしまった。
僕が間違えなければ今でも生きていたかもしれない。
いや、生きていただろう。
そう思うと、僕は今でもずっと苦しい。
僕の家族の終わり方は、何故みんな辛い終わり方なのだろうか。
僕の家族の死は、今でもずっと僕を苦しめる。
全てが僕の責任だと問い詰めるほどに。
ルナの死も僕のせいだとわかっている。
僕の愛するものは、みんな悲しい最期を迎えるのだ。
僕は死んでいった人に問いたい。
死んでいったルナに問いたい。
何故?普通に死ななかったのだろうかと。
そうしたら、全て悲しいだけで過ごせたのに。
そうしたら、毎日家から駅までの道のりの途中、ルナが亡くなった場所を知ることも見ることも後悔することも無かったろうに。
東日本大震災で、こんな僕なんかより、相当の苦しみや悲しみを負った多くの人がいる。
その苦しみを考えたなら、僕のこの痛さは比ではないだろう。
それでも、毎日あの場所を通ると悲しみがフラッシュバックして苦しくなる。後悔の念が僕の心臓をわしづかみにする。
独立から、毎日めちゃくちゃに頑張っているのは、この死が運命だと思いたいがため。
この死が背中を押してくれたと、そして見守られているんだと思いたいがため。
でも、生きていてくれた方が幸せだったのは、僕はちゃんと分かっているのだ。
本当の意味はわからない。
僕の運命なのか。僕が死なせたのかは。
ただ、毎日あの日を忘れるほどに頑張るしか僕を救うものはない。
きっとこの先も僕が死ぬその日まで、僕が愛する人は僕のせいで死んでいくのだろうか。
また新しい苦しみを与えられるのだろうか。
そう思うと僕はもう何も愛さないと思ってしまう。
たとえ愛したいと思っても。
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2012年3月30日 12:00 PM
僕が制作の部署を任されて一年半ほど経った頃、ホームページ制作だけでは、周りの幾万とある制作会社の中に埋もれて消えてしまうと感じていた。
だから、ホームページ制作以外で収入源となるものを探していたのだ。
ホームページ制作だけでは収入源とはなっていなかったからだ。
会社は利益の出ないホームページ制作より、既存の紙媒体の雑誌広告を優先するよう僕は経営者から言われていた。
だから、片手間にしかWeb制作は出来ず、紙媒体の仕事の合間にしか出来なかった。
そんな状態でいいものが出来るはずはない。誰一人として成長する事は出来ないままだ。
このままでは、趣味の域を越えられはしない。
個人のバイトの域を越えられはしない。一世一代のプロジェクトでも何でもなく、ただの会社の暇つぶしだったのだ。
周りは誰も僕には協力をしなかった。何をしようとしてるかも知らずに、協力すら出来なかったのだろう。
だから僕は模索していたのだ。
その頃、務めていた会社の周りでやっていなかったサーバー運用に目を向けた。
自社サーバーを社内に構築し、レンタルサーバー事業で収入源にしようと思い実行に移した。
サーバーを社内に配置し、今までの遅いネット環境を光回線と契約し高速回線にした。
社内のLANネットワークを繋ぎなおし、全員が社内で接続出来て、全員がインターネットに接続しメールを使えるようにした。
社内サーバーの設定はとても大変だった。ただ、Appleのサーバーだったので設定アシスタントがあり比較的楽だった。
だが、細かな設定はUNIXコマンドで設定しなくてはならなくて、専門知識ぐない僕には理解出来ずに細かな設定は行わなかった。
それに設備投資を極限に抑えるためにルーターまで僕が設定する事となった。IPアドレスが何なのかも知識がなかった僕は何度も間違え何度も初期化し直し、何日もかけて設定する有様だったのだ。
それでも無事に設定が終わり、社内でメールやインターネットが見れた時は安心した。
しばらくは調子が良かったが、細かい知識もなく対処方法も知らない結果、様々なトラブルが発生した。
会社のホームページやメールも自社サーバーに移した結果、トラブルがある度に周りは僕にやんわりと追求する。
紙媒体の仕事を止めながら対応する。
毎日最終電車になり、休日も出る事になった。
そして、決定的だったのがサーバーの熱だった。
24時間稼働しているから高温で機体が暑くなる。季節も夏になり、室温が急激に高くなり、誰も出勤しない休日には冷房がない分、社内は高温だった。
熱が原因でサーバーダウンが頻繁になり、一社にレンタルサーバー運用していたから、ダウンしたら再起動しに来なければならなかった。
仕事終わりに飲んでる最中や休日までもダウンし会社に戻っていたのだ。
サーバーの熱対策しなかったのが原因だったのだ。僕は熱さ対策が必要だというのを考えていなかったのだ。
サーバー本体だけではなく、室温も冷やさなければならなかった。
これが素人考えで起こす事業の結末。
大失敗である。
僕の時間も無駄に使い、周りから反感を買い、一年も保たずに失敗した。
安定したサーバー環境にするため、大手のレンタルサーバー会社と契約し、サーバーを移行した。
ただ、社内のルーターとしてもサーバーを使っていたから、まだ半年ほどはルーター機能だけだが、サーバーを使用していた。
案の定、熱で何度もダウンし、インターネットに接続出来ない時が何度もあったが。
辛い毎日だった、このサーバー運用の期間は。
僕はこの時に思った。
事前に対策さえしておけば、時間はかかるとも出来ない事ではないと。
かかる時間のストレスに耐えられるかは別なのだが。
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2012年3月28日 12:01 PM
一日に出来る事は限られている。
どんなに休みなしで続けても24時間で終わってしまう。
体力や精神の限界があり、24時間は無理である。
それが仕事であっても。
何もしなくても一日は終わる。
24時間寝ていれば、気づかない間に一日が終わる。
ただ、一日の間に何度も出来る事はやってくる。
それをするかしないかは、個人の判断に任される。
ある本を読み勉強をしなくてはと、いきなり思い出す事もあるだろう。
お世話になっている人に会いたいと思う事もあるだろう。
幾つもの仕事が重なりそうだから、先に進められる事を進めようと思う事もあるだろう。
もともと、その一日にスケジュールを組んでいる人もいるだろう。
後でやればいいや、明日すればいいや。
今日どうしても時間的にも出来ないなら仕方がないが、今日出来る事は今日しか出来ないのだ。
今日しか出来ないから、やってくるのだ。思い出すのだ。
やり始めて次の日になったっていいではないか。
それは、もう一部としても始めて動き出しているのだから。
何事も動き出すまでが大変なのだ。試練なのだ。
小さな事だったっていい。生きているのあれば全てが動き出すのを待っている試練なのだから。
何もせず待っていても何も起きない。
小さな歯車でも動き出せば、大きな歯車を動かす一部になるだろう。
何もしなければ運命も動かない。奇跡も起きない。明日が切り開かない。
だから、今日出来る事は今日のうちに終わらせよう。
今日から出来る事は、今始めよう。
今日出来る事は今日しか出来ないのだから。
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2012年3月26日 11:38 PM
僕は、同じ会社でありながら、トラフィックの運び屋から始まり、版下制作、DTPデザインと職業が変わっていった。
僕は8年間DTPデザイン一本だったのだが、今から7年前に僕に部下が出来たのをきっかけに新しいジャンルの仕事を始める事となったのだ。
それが、ホームページ制作そしてWebデザインである。
当時としては既にインターネットが普及していて、始めるのは遅い部類だったが、今後の紙媒体の衰退を考え、インターネットを主とした部署にしたのだ。
ただ、もともと僕はホームページ制作をした事がなく、HTMLも書いた事などなかった。
素人同然で何が出来るのか?
見様見真似で始めたが、上手く行くはずなどない。
もともと携帯サイトを作っていた人を加えて何とかやっていったのだ。
この時点では僕一人の給料にも合わないくらいの仕事量だったのだ。
会社は儲けがなかなか出ないホームページ制作より、まだまだ業績がいい紙媒体でほぼ全ての社力を注いでいた。
だから誰一人として、僕のWebデザイン部は良く思われていなかった。
でも僕はWebデザインを始め、社内にサーバーを取り入れて運用したり、新しい事、この会社とは今まで無縁だった事をやり始めたのだ。
何度も失敗した。
理解しきれず進めたHTML。
サーバーの不調を始め、儲けもないのに日々僕の時間だけが取られて行った。
周りの非協力的な態度に、ストレスを溜めながらに。
でも、自分の中では終わっていた紙媒体主体の広告制作から、早く抜け出したかった。
広告制作といえども、クリエイティブなものではない。
毎日僕がデザインしてはいなく委託されたデータのサイズを変更し、プリントしてMOディスクに入れるだけのベルトコンベヤー式の退屈な仕事。
僕のスキルを高める事など皆無。
ただただ退屈に時間を過ごすだけ。
だから僕は出来ないと分かって。
相当苦労すると分かって、Webに手を出したのだ。
だから僕は間違ったと一度も思った事などない。
一年ほどWebデザインをするが、既にホームページ制作会社は幾万とあり、素人同然の僕は肩を並べる事は出来なかった。
このまま、また元の退屈に戻ってしまうのだろうか。
せっかく僕が初めて一任された部署と仕事だったのに。
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2012年3月26日 10:55 AM
この一年、僕は会社を経営し、多くの人と会って来た。
以前から知っていた人もいれば、設立してから出会った人もいるし、何度も会う人もいる。
僕がこの一年で一番感じた事は、人との関わり方が特に重要なのだと。
出会い方、接し方、付き合い方。
人との繋がりは大切である。
そんな中、去り方も重要だと感じている。
依頼の仕事が完了する事もある。
契約が終わる事もある。
退職する事もあれば、異動する事もあるだろう。
プライベートに関してみれば、故郷から出てくる事もあれば、恋人と別れる事もあるだろう。
そのような離れ去る事。
去り方が重要だと思う。
その場所から去っても縁が切れずに、その後も付き合っていく人もいるだろう。
その人から去っても縁が切れずに、いづれまた会う事もあるだろう。
去り方に失敗すると二度とその人生の中では取り戻したくても取り戻せない事はある。
失敗するとは、喧嘩や憎悪感、不信感、人として最低限の行いを欠いた事である。義であり、道徳である。
家族、子供、恋人、上司、部下、知り合い、恩師、隣人など関係なく、固有の人間同士の付き合い方や絆である。
人生は80年。
限られた時の中で、取り戻せない事はしたくないものだ。
だから、まずは去り方を気をつけよう。
決別などあってはいけないものだ。
ただ、僕が気をつけると言っても、相手の去り方や接し方、もしくは対応が失敗して、義に反する場合は話にならない。
それはその人に僕が助言する事はない。
その人の人生だからだ。
僕への間違った去り方や誤った接し方をして義に反したのであれば、その人の人生の選択どおり、僕とは「THE END」である。
僕は人生の選択に間違いを起こしたくない。
例え、もう二度と会う事がなく去ったとしても。
僕は、仁義なき者には絶対にならない。
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2012年3月23日 8:05 PM
何度、僕は夢を諦めたのだろうか。
子供の時から幾たびも。
だから大人になった時、夢は見るものではないと思ったのだ。
叶いもしないものを追いかけるのは意味がない。
そんな偶像に取り憑かれていても時間の無駄。
人は何故、夢を願うのだろうか?
人は不幸であればあるほど夢を願う。
誰かより劣っていればいるほど夢を願う。
悲劇であればあるほど夢を願う。
僕はそのいずれにも当てはまっていたのに夢を諦めたのだ。
夢を見る事が苦しくなるほどに、その儚さを願っていたのにね。
そして僕は夢を見る事はなく、15年を生きていた。
なぜ、また夢を願うようになったのか。
なぜ今、僕は夢に向かっているのか。
僕の過去を知らない人には分からないだろうが、僕は人生最大の岐路に立っているのは確かだ。
あの日僕が夢を諦めたのは、僕が弱かったのだ。
僕の心が未熟で弱すぎたのだ。
だから僕は知っている。
今の僕の心のすべてを。
僕は諦めない。
この夢は諦めない。
例えどんな邪魔が入ろうとも、僕は今度は諦めない。
僕の夢は、僕一人の夢ではないからだ。
過去から答えを導きだそう。
ダメになった理由が必ずあるからだ。
僕を苦しめたければ苦しめるがいいだろう。
何度苦しめられようとも、僕は諦めはしないから。
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2012年3月19日 11:32 PM
仕事のやり方は、人それぞれだろう。
長年、同じようにやっていれば、突然全く別のやり方に変える事は困難だ。
結果が同じであれば、例え大変になろうとも問題はない。
一般的なやり方が性に合わなければ、自分なりのオリジナルですればいい。
それが少し遠回りでもいいではないか。
同じゴールに居るのなら。
逆に型通りになるより、自分なりな思考で動いた方が、多少疲れても身になるのではないだろうか。
僕は一人、よく今のやり方について考える事がある。
これが最善なのだろうかと。
何が最善なのかは分からないが、ただ今出来ているなら、それが現時点で最善なのだろう。
今でダメならば、別の方法を考えればいい。
考える事が多すぎる。
時間は有限なのに。
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