僕の立場

雇われ社員から社長へ、それは相当立場も周りも変わる。
僕の考えも、僕の未来も、全てが変わってしまった。
社員でいたなら、与えられた事だけをやっていれば何とかなっていた。
不況だ不況だと言っていても、最低限の賃金はもらえるだろう。

そんなに高望みしなければ普通よりも少し足りない生活が約束されている。
それに別にこの日本の今の状態を見ていたり、その前から言われていた定収入所得者など
僕らは比べればまだましなほうだ。

だけど、いい生活、欲しいものを買える喜び、その生活を望んでいた僕は、このままなんて我慢できなかった。
それに、僕の築いてきた場所が壊されていくのが何より辛かったのだ。

社長になって、やっとわかった事がある。
会社のために、前会社の経営者はやっていたことだと。 多少の犠牲は仕方がない。そうでないと保たないから。
いろいろかかる金額や、必要な経費、それに会社を守るために行っている数々の事。
4ヶ月やっただけで、やること多すぎで、他にも見ないといけないことが多くて、考えが追いつかない。

今までは、僕がいた部署だけを見ていたから、その場所を守る。それだけを行っていればよかったのだが。

今は見てられない。一人でやるのに限界はあるだろう。まだまだ大丈夫だが、絶対に限界がくるだろう。

保守的になっては僕は、会社は、終わってしまう。
前向きに挑戦し、進んでいく気持ちや考えがなければ、昔と変わらないじゃないか。
そのジレンマと未だ見つからない将来の答えや課題と
誰がその答えを教えてくれる事はなく孤独に日々過ごしている中、

僕と周りの温度の誤差が、もっと僕を変えていっているのだろうか。
何と思われてもこれが僕が決めた道。
周りが折れても、僕は折れる事は出来ないのだ。

僕を理解してくれる人は本当にいるのだろうか。この今の僕自身を。

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pod (ポッド)

前会社で「pod」の単語を使い、制作チーム名にしていた。
WEB関連事業をすることになり、ホームページを作る際、前会社の社名を使わず新しい社名を使ってやっていこうと思い、「pod」を使った名称を使って仕事をしていた。

当時、新会社を立ち上げる話などない。
僕は会社とは別の名称でWEB関連業務を行いたかったのだ。
深い意味はない。

「pod」に僕は想いを込めた。
きっかけもなく、一歩も踏み出せず、僕一人の心の中に想いを込めて。
だから、僕は「pod」を入れた名称の場所で5年間、業務活動をしていたのだ。

その頃から、業界が不景気になることは僕はわかっていた。
だが、僕は当時は踏み出せずにとどまっていた。愛するべきルナもいたからだ。

そして、今年3月、この不景気とこの震災の中、僕は独立をした。

「pod」… 僕の意味するポッドとは、宇宙船からの脱出ポッド。
僕は、脱出ポッドに乗り独立をした。

別に深い意味はない。

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プログラマーの孤独

以前働いていた会社では、最初、広告代理店で雑誌や新聞に広告を載せる原稿を作っていた。
その後、WEB制作を行うようになったのだが、当時からWEB制作会社は多く、僕らのように経験のないものは新しい依頼など頼まれる事もなく、会社のお客様がつきあいで依頼するという風な内容の仕事を行っていた。

当時から、自動でWEBページを作れるソフトが多くあり、素人でも作れてしまう。
そんな中、何を武器に僕らはWEB制作を行っていこうかを迷っていた時期があった。

そこで始めたプログラムという作業。
何も分からず、何をしていいのか全く考えられない。
でも、プログラムが出来ればきっと道が開くと信じ、僕はプログラムを勉強することを決意した。

別に、当時WEB制作をしなくても会社は成り立っていて、
結構僕がやり始めたばかりに、社員の対応が僕に対して悪くなってきた。
本当に出来るのか。。言わずともわかってしまう社員の態度は僕をもっと孤独にさせる。
強迫観念が僕を襲い、これが出来なきゃ終わりというばかりに、僕の心に閉じこもる事もあった。

誰にも助けられない。
僕以外は誰も何も理解できないからだ。僕だって理解できないのに、やったこともない社員の皆が分かるはずなんてない。
出来るまで何度も何度もコードを書く。
白紙のドキュメントに、何十行、何百行、何千行。。。
それを数百ファイル作る時もあった。
そう僕一人で、延々とコードを書き続ける。
書いたコードを誰も確認できない。
誰も助けてくれない場所へ僕は進んでしまったんだ。
後戻りは出来た。だが僕はしなかった。
僕は今まで決めた事を投げ出す事など、恥だと思って絶対にあきらめる事はしなかったのだから。
プライドや自己満足や自己中心的な考えや、周りの視線や評価や、出来ない事へのストレスなど、そんなものと孤独に戦っていた。

出来なかった時点で僕の才能はそこまで。
僕はもっと出来る人間だと思ってきた以上、そんなところで終わるはずがない。
そう生きている意味もない。
僕もそう、他人からもそう。 才能がないなどと思われたくもない。

僕はずっと、そう思いながら、孤独にコードを書き続けている。
完成したコードは、相当な感動なのだ。

独立してからも、僕はコードを書き続けている。
まだ僕しかプログラマーはいないからだ。
辛くても、頭が痛くなっても、コードを何度か失敗し始めから書くことがあっても、僕はあきらめずに書き続ける。
それが僕の武器だから。

プログラマーは孤独である。

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選択の境界線

本当は、以前の会社から独立するにあたり、僕が所属していた制作部全員で
起業できれば良かったのだけれど。
僕の部署は、僕を入れて6人だった。
半分が雑誌広告を担当し、半分がWEBを担当していた。
僕は最初は、雑誌広告を担当し、WEB事業をやり始めると雑誌とWEBどちらも担当し
最後はWEBのみ担当していた。

僕は独立する時に、この6人をどうするか考えた。
結果的に、僕ら4人は退職し辞表を出し辞めたのだが、僕ら6人が分かれても
残った人は、以前の会社を辞めなければ、そしたら変わらずにすむ。

僕は言いように考えたいだけだったのだ。
残してきた者が以前の会社を辞めずにいれば、誰も僕の被害者にならないと思ったからだ。
僕は部署を任された時から、部署に関して、彼らに関して、僕は責任を持たねばならない。
そうずっと考えてきた。
だから分かれる事がどれだけ僕を責めたのだろうか計り知れない。

置いてきたと言われても反論は出来ない。捨ててきたと言われても反論は出来ない。
僕が仕事をしやすい環境を選んだと言われても反論は出来ないんだ。
何を言われたとしても、どう思われたとしても、結局は僕が最終的に選んだのだから。

独立は6人では無理だった。4人でも多い。でも僕の責任を貫くため4人で独立をした。
この結果がどう出るか。それは今は分からない。
でも僕はとてもいい結果になるだろうと予想する。
この4人は、今まで社員として働いた全てを捨てて来たのだから。

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一歩ずつ

一歩ずつ歩いて行くことが僕が今やらなければいけない事である。
多少、前会社からの恩恵があるとは言え、僕らは一から始まったのだから。
今ある仕事でもそう、これから見つける仕事でもそう、一つずつ確実にこなしていかなければならない。
失敗もする事もあるだろう。
その失敗を糧にして、より良く進んで行かなければならない。
それが僕らの今の課題である。

独立をして特に思ったこと。
やはり「信頼」である。
人とのつながりを大切にし、信頼を失わず、一歩ずつ歩いて行くこと。

今はまだこなさなければいけない課題があり、もう少しすれば
新しい事に挑戦できるだろう。

時は待っていてはくれない。
取り残されては全ては終わる。
僕らは取り残されぬ事亡く、前へ上へと進んで行かなくてはならない。

たまには失敗するが、僕は二度とその失敗は繰り返さない。
そうでなければ信頼など付いては来ないのだから。

この先のまだ見ぬ信頼を求めて、僕らは日々歩き続けているのだ。

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僕が独立した理由 ③

今より1年半以上前にさかのぼる。

まだ、ルナも元気だった一昨年の11月。不景気と業績の悪化で社の人員を減らすこととなった。

僕は一人呼ばれ話を聞いた。

元々、僕は僕の部署から誰かを辞めさせるのであれば僕が辞める決意をしていた。
僕が部署のTOPである以上、僕以下のものは誰一人欠けてはならない。
なのにどうしても辞めさせざるおえないのだと。
業績悪化、仕方のない事だが、僕が辞めると言ったが承諾されなかった。

僕では駄目なのだ。僕以外のものを選ばないと駄目なのか?
なぜに僕では駄目なんだろうか。
僕が部署を任されているほどだからなのか?
それとも僕のスキルか、将来性か?はたまた性格が気に入られているのか・・・。
別にとどめる事など出来ない。すぐにでも無理にでも辞められたけど。。。

僕の中での判断は、そんな甘えた判断材料なら納得できない。
僕ですら、給料も上がらず、きっとこのまま生きていく事がほぼ決まっていた。
だったら、多少他より貰っている僕の給料を分けて、下の者に払えばいいではないか。
そうしたら、少しでも努力し頑張ろうと思うのではないか。

どうしても僕を辞めさせてくれない会社とは何?
逆に僕をとどめさせるものすらない。
僕は新しい事業をやると交換条件を出し、誰一人辞めさせる事などないようにしたのだ。
一昨年の11月。
そのときにもう僕は決めていたのかもしれない。
独立しようと。無謀ながらに、何もまだ決めていないにもかかわらずに。

ただ、当時僕を辞めさせず引き留めていたのは
僕がいなくなったら絶対に辞めさせたくない部下が辞めざるおえない状況にさらされるのが目に見えていた。
だから僕は辞めずに働いていたのだ。

僕がもし辞めても部下の給料が上がる保証などない。そう全くと言っていいほど。
だったら彼らを苦しめる状況にしてはいけない。
それが僕の辞めざる理由。
そう、すぐにでも辞めれる状態だったのに。

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僕の進むべき道

世の中がとんでもない時期に独立したものだなーとつくづく思う。
これはきっと僕の描かれた運命なのだろうが、、、。
試されているのであるならば折れずに進まなければ。

不景気だからとか、震災だからとか、今の世には悲惨な出来事の裏に自分の不甲斐なさを隠し、そのもののせいにして、言い訳にする事ができる。
僕がこの時期に経営者として社会に投げ出されたのには訳がある。
今を言い訳にして僕は生きていたくはない。
例え折れたとしても。

だから僕は僕の進むべき道を間違えてはならない。

僕の周りでも、去年とは比べものにならないくらい変化してきている。
震災の影響もまだまだ残っているからだろうが、新しいものは生まれず、古いものは無くなってゆく。
ひとつの時代の終焉だろうか。

僕の進むべく道を、理由をずっと考えているが、まだ答えは出ない。
急がなくてもいいのではないか。
僕はこの今のこの時の為に、長い寄り道をしていたのだから。

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僕が独立した理由 ②

やっと、一年たって話せるのである。当時は辛くて辛くて言えなかった。

僕は一年半前、最愛なるものを亡くした。
生まれて1ヶ月後に知り合いからもらった。
それから15年。僕は仕事が終われば急いで帰った。一刻でも早くに会いたかったからだ。
休みの日もずっと一緒に居た。そのせいで、ほとんど旅行にも行かず、里帰りも数える程しかしていない。
僕の分身、僕の命よりも大切な生命。猫のルナである。
本当の家族より僕は大切だった。誰よりも誰かよりも。この世の一番だったのだ。
おととしのクリスマスに具合が悪くなり、1週間会社を休み病院に通ったが、年が明けた1月1日の昼過ぎ、呼吸困難で亡くなった。僕の判断ミスで死に至ったのだ。

僕はこの世が終わった世界に居た。全てが色褪せて呼吸すら煩わしい。
笑顔をみると吐きそうになった。
生きているものが憎たらしいかったのだ。

「心配なら会社に連れてくれば」…お前は死ぬ寸前の子供を連れて来れるのか?「ペットは早く死ぬんだから。可愛がったと思えばいいじゃない。」…お前は自分の子供が同じような事になったら同じ事を言えるのか?
誰しもが同じように慰めた。ペットだから…。そう物のように。
「落ち着いたらまた飼えばいいじゃない。」…お前は子供が死んだら買ってくるのか?大馬鹿野郎が。
僕はペットだと思った言は一度もない。子供のように可愛がっていたんだ。
代わりを探そうなどもってのほか。この僕の気持ちを誰も分からないとは…残念である。失望した。

ある人が言った。
ルナは、僕と一緒に年を越すまで頑張ったんだと。
最後の1週間、ずっと一緒にいて、死に際に僕が隣にいた。
そして、この時期に亡くなったのは意味があるのだと。

この話の前に、独立の話が浮上した。

一人だけ僕を理解してくれた人がいた。
その一人と置いてはいけない二人を連れて、僕は独立をした。
これが僕が独立をした理由だ。

もしも、ルナがまだ生きていたら独立する事はなかったのだ。
何年後かに亡くなっていたなら、もう僕が独立する機会は過ぎていたのだから。
これは僕の運命である。

 

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現在と過去

僕は独立する前と後とでは変わったのだろうか?
まず、当たり前だろう。変わったのは。
変わらざるおえない。変わるために安定を捨て独立したのだから。
僕の部下は何であれ、会社というしがらみから全てを守り抜く覚悟で、僕は僕の部署以外と対立していた。
僕の守る範囲内は聖域であり、それ以外は害を及ぼす存在だと思っていた。だから何があっても暖かく見守ろう。

・・・今は違う。
僕は社長になり彼らを僕が導いて行かなくてはならない。
僕が躓けば彼らも躓く。だから強い心を持たなければ生きていけない。
生易しい事などもう言えないのだ。
ただ、この想いに呑み込まれて、本当の僕の優しさまで失くさないように心がけなければ。

僕は今に至って、ここで立ち上がったからには、何があっても後戻りはしない。
過去に戻れというなら、僕に死ねと言う事だ。

 

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僕が独立した理由 ①

僕には僕でしか出来ない事があるんだと思っていた。
それはどこかに属して成し遂げられるものではないと思っていた。
属している間は、僕は僕を抑え続けていなければならないと思っていた。

僕はずっと安定を求めていた。
誰しも、この世の半数以上が思う事だろう、安定した生活。
それさえあればべつに何を望む事なく平凡に生きていける。
それが無難だし、一番に幸せなのであろう。
僕もその安定を望んでいたのに。

なのにその安定を捨て、僕は独立をした。
僕は後悔などしていない。
一度しかない人生。
なぜに僕の思い通りに生きれないのか。
僕はずっとずっと考えていた。
普通に生きる事がきっと僕には窮屈だったんだろう。
嫌いな誰かに自分を押し殺す生活など飽き飽きしてたんだ。
そんな人生なら僕はいらない。
だから僕は僕の人生を歩きたかった。

人は死ぬ。
絶対に死ぬ。
僕は僕としてやり遂げて死にたいのだ。
だから、誰かの雇われで終わりたくはない。
僕である証を、僕しかできない想いを、生きているこの世界で挑戦したい。

独立して思えた事がある。僕は今生きている世界を愛している。
それが僕の独立した理由だ。

 

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