5月2012

Panasonic Beauty

以前にも書いた通り、日本の家電メーカーの中で「Panasonic」が一番好きである。

そのPanasonicが、「Panasonic Beauty」なる名称で美容製品を発売している。
女性向けだと、仲間由紀恵がエステ用品などをCMしている。

まだ、この時は僕はパナソニックの電動歯ブラシくらいしか使っていなくて、あまり「パナソニックビューティー」がどうのこうのと思ってはいなかったのだが。

「Panasonic Beauty for MEN」を銘打って、男性向けの美容製品を発売するのを見て、僕は購入する事を決めた。

もともと、「Doltz」は前から使用していて、家用、会社用と購入し使っている。「ポケットDoltz」も旅行の時など持ち歩いている。
結構、昔からパナソニックの美容製品は使っていて、電気シェーバーやドライヤー、当時メンズエステとして発売していた毛穴吸引や電動眉毛カッターなど結構使っていた。

Doltz

 

ポケットDoltz

 

今年に入り以前から使っていたドライヤーの調子が悪くなり、そこへ登場したのが 「Panasonic Beauty for MEN」のナノケアドライヤー。

ナノケア

髪や地肌にいいというのを見て購入しました。
それに合わせてシャンプー時に使える「頭皮エステ」も購入。

頭皮エステ

風呂でシャンプーの時に「頭皮エステ」を使用して、すごく気持ちいい状態で、ナノケアドライヤーを使っています。

「頭皮エステ」は、マッサージしながらアブラを絞り出すという頭皮エステ製品。
「ナノケアドライヤー」は、ミネラルマイナスイオンとプラチナマイナスイオンで、乾かしながら温冷ヘッドスパをしてくれる製品。
結構、マイナスイオンに弱いので購入しました。もちろん、 「Panasonic Beauty for MEN」の商品を。

Doltzもイオンが発生するタイプを使っています。

電気シェーバーも古くなってきたので、最近発売した「カミソリシェーバー」が気になっていますね。

「パナソニックビューティー」は、僕のライフスタイルで必要なものになっています。
ネーミングが結構好きなんですがね。

 

カテゴリー:ライフスタイルコメント(0)

義理と人情

今日は、母の日だった。
本当の母親だけに感謝をするだけではなく、お世話になった人に感謝をする日でもある。

僕は既に母親はこの世にいなくて、感謝をするのは母親がわりに育ててくれた伯母である。

最近、やっと僕はこの感謝という意味を理解するようになった。
独立をしてから、こんな僕を助けてくれたり、良くしてくれる人に感謝をしている。

だから、お世話になった方に感謝の気持ちを贈ったのだ。
僕が上京したこの20年。
やっぱり、母親のように良くしてくれたのは、以前勤めていた会社の専務さん。
いい事悪い事いろいろあったが、やはりとてもお世話になった事には変わりはない。

今年の母の日も感謝を込めて花を贈ったのだ。

僕として生まれたからには、僕の気持ちに正直に生きていたい。
義理と人情を大切にして、忘れてはいけない義理は絶対に忘れてはならない。

一年間、例え以前に交流があったとしても、連絡する事もなく、会う事もなく、交流もなく、義理もない付き合いの人は、それはもうただの人だろう。

FacebookやTwitterのつながりの現代で、そのつながりすらない人は既に関係のない存在だろう。

僕は一方通行のつながりは求めてはいない。
いい交流を目指し義理を通すのだ。
その相手が僕とのつながりを切った時点で終わり。

その目安が一年だろう。
一年に一度も何もないならそれだけの事だ。
一年に一度の日なんて多くあるのだ。
誕生日や母の日、父の日、クリスマスや元旦など。

遠くに行ってすぐに会えない人は、またの交流が待っているかもしれないが、会える範囲にいるのに何も交流がないのは、結果が語っている。
それだけの付き合いだと。
だから僕はその人とは、何もないと思っている。

僕は僕が思う考えの中で生きている。
だから、感謝しなければならない人には、たとえ会えなくなっても感謝をし続ける。

カテゴリー:社長ブログコメント(0)

LADY GAGA

その人の生き様や考え方、行動や言動、何かに僕が影響されるのに、年齢や性別の制限などない。
僕の中でリスペクトし、尊敬できる生き方をしているLADY GAGA。
彼女はその象徴のようなものだろう。

東日本大震災の時に、誰よりも早く寄付をしてくれた。
放射能の影響を危惧し、来日をキャンセルするアーティストの中、率先して一番最初に日本に来てくれたGAGA。
来日中、安全だと世界にアピールし、日本政府から感謝状をもらった時も、涙しながら「感謝状はいらない。日本への愛は無償のものだから。 」とメッセージをくれたGAGA。

これだけでも僕らは尊敬し敬意を払い感謝しなければならない。

日本のために、LADY GAGAは素晴らしい存在であると思う。

5月10日に見に行った「THE BORN THIS WAY BALL」ツアーのさいたまスーパーアリーナ。
海外アーティストで、演奏曲全曲知っていたライブは、僕が今まで行った事ある海外アーティストのライブの中で初めてだった。
だから、それは初めてであり、とても楽しめた証拠である。

ライブの中で、LADY GAGAは、震災後の日本で大変な中、来てくれてありがとうと涙しながらメッセージをくれたのを見て、僕も感動し感謝をもしたのだ。
その時に歌ったピアノ弾き語りの「Hair」が今でも忘れられない。
コンサート後、何度も曲を聴き直した。
「私らしく生きる」「自由に生きる」と歌っている。

海外アーティストで、僕がとことん理解したいと思ったのは二人しかいなくて、それは「LADY GAGA」と「Madonna」だけなのだ。

僕が行った10日初日の さいたまスーパーアリーナのセットリストは以下です。
iTunesでプレイリストを作って大切に聞いていますよ。GAGAのメッセージを。

1. Highway Unicorn (Road to Love)
2. Government Hooker
3. Born This Way
4. Bloody Mary
5. Bad Romance
6. Judas
7. Fashion of His Love
8. Just Dance
9. LoveGame
10. Telephone
11. Heavy Metal Lover
12. Bad Kids
13. Hair
14. Yoü and I
15. Electric Chapel
16. Americano
17. Poker Face
18. Alejandro
19. Paparazzi
20. Scheiße
21. Black Jesus † Amen Fashion

~アンコール~
22. The Edge of Glory
23 .Marry the Night

 

カテゴリー:リスペクトコメント(1)

充電

僕は独立したこの一年、ほぼ休まずに出社して仕事をしてきた。

何もなく休日を過ごし、一日中家にいるのは不安でならなかった。

平日は通常業務で普通に仕事をしているが、土日や祝日になっても会社にいた。
不安を和らげるための僕なりの手段。

家にいるより、会社にいる方が安心できるのだ。
起業した人や世の中の経営者は、皆僕と同じなのだろうか?

会社にいれば経営者ならば、する事は山ほどあるのだ。
考える事も山ほどあるのだ。

僕はもともと、仕事でもプライベートでも一人を好む。
自分の思うように出来るからだ。
今でも一人を好む。
だから、誰もいない時間が唯一の思い切りはかどる時間なのだろう。

だが、集中的な頑張りは周り全てに影響し、体調や生活までをも変えてしまっている。

僕はまだまだ昇らなきゃ行けないのだ。
立ち止まる事など出来ないのだ。

だから、たまには充電をしよう。
無になろう。

2年目、体調に気をつけて頑張っていこうと思う。
たまには何もしない充電もいいかもしれない。

カテゴリー:社長ブログコメント(0)

吉川英治 三国志

三国志には僕は相当影響を受けている。
これは僕にとって最高に良かった事だろう。
三国志の中には数えきれない感動と精神がある。
何度読みなおしても、同じ感動はなく、新しい感動を僕の中に生まれている。
何度読みなおしても、同じ教えではなく新たなる教えをくれる。

今の僕に必要なアドバイスをしてくれるのだ。
三国志は僕のバイブルだ。

横山光輝の三国志から入ったが、やはりその原作となった吉川英治の三国志が感動を与えてくれる。

漫画の画からではなく、文章から感動を与えてくれるのだ。
漫画版より、はるかに僕の想像力を掻き立ててくれるし、直に僕に教えてくれる。

読むたびに違う感動を与えてくれる三国志。
この小説は手放す事はないだろう。

この小説に出会わなければ、僕の人生に対する意識がここまで変わらなかっただろう。

どの三国志を読んだとしても、僕が憧れ、尊敬しリスペクトするのは、諸葛孔明である。

吉川英治の三国志は、リスペクトであり、僕のフェイバリットである。

カテゴリー:フェイバリット, リスペクトコメント(0)

鈴木光司

1998年に映画が公開された「リング」。僕は当時、松嶋菜々子のファンでもあったのと、ホラー映画が好きだったのと、ビデオを見て一週間というわかりやすい内容だったので、興味がわき小説を読み映画館に足を運んだ。

僕は元々ハリウッド映画が好きなので、邦画はほとんど見にいかない。映画館に行くよりレンタルでいいやという感じなのだ。邦画に限っては。
迫力あるハリウッド映画は映画館でと言うのが僕の映画に関するスタイルだった。

だが、この「リング」に関しては心から映画館で見たいと思ったのだ。

だいたいのストーリーは知っていたが、この時本も読みたいとも思っていた。

僕は雑誌も漫画もほとんど読まず、テレビや映画で育ってきたので、小説を読もうなどとは思いもしていなかった。
本を読む事が苦手だと思っていたからだ。

学生時代の授業でも国語は嫌いだったし。

だから、邦画も見ていない僕が、小説を読まない僕が「リング」の小説を読み、映画館に見に行くのは異例だったのだ。

僕はハマったら結構突き詰める性格なので、この小説リングをきっかけに鈴木光司の小説はほとんど読んだ。

やはり本のジャンルでも、ホラーやSFが僕の好みであった。

鈴木光司以外でも小説を読むようになり、今では苦手ではなくなり、読みたい小説は買って読んでいる。

だが、やはりリング関連が僕は好きだ。
「リング」「らせん」「ループ」「バースディ」。
リング関連ではないが「エッジ」も面白かった。

5月11日に鈴木光司の新作「エス」が発売されるので今から楽しみだ。
鈴木光司は、僕に読書という楽しみを与えてくれた。
映画より小説の方が面白いと思わせてくれた。
鈴木光司は、僕のフェイバリットである。

カテゴリー:フェイバリットコメント(0)

使命感

僕は使命感というものに囚われすぎている。
僕がやらなきゃ誰がやるんだと思いすぎているのではないだろうか。

以前から僕は、会社を設立する前から僕は、僕しか出来ない。
僕が頑張らないと。
そんな言葉に囚われていた。

人を信頼していないからではない。
きっと僕が生まれてから過ごしてきた環境のせいでもあるのだろう。

この世に生まれたのだから、僕は何かを成し遂げなければならない。
会社を設立したのだから、僕は必ず成功しなければならない。
僕に付いていたのだから、僕は彼らを幸せにしなければならない。

こんな事を考えているのは、とても疲れる時もあり、とても苦しい時もある。

いつからだろうか?このような「使命感」に囚われ始めたのは。
昔からあったとは思うが、やはり会社を設立してから思うようになった。

今の僕は使命感から抜け出す事はできないだろう。
ただ、僕はこの使命感に恥じぬように生きていくだけなのだ。

きっと誰かは僕を理解してくれているはず。
こんな僕を。

カテゴリー:社長ブログコメント(1)

仲間

自然と周りには仲間が集まってくる。
どんな人物であれ、日々付き合う事で最初とは印象は変わってゆく。

仕事でもそうだ。
僕の周りに仲間が集まってくる。
もちろん、集まって来なければ何か原因はあり、それがその者の限界なのだろう。

逆に仲間が減っていく場合もある。
自然と減っていくのか。
あえて減らしているかにもよる。

同じ志を持ち、一緒に夢へと歩んでいる仲間はいいものだ。多ければ多い方が良い。
そんな僕を応援してくれている仲間もいいものだ。僕を友と想ってくれる仲間もいいものだ。

仕事上で知り合い一緒に仕事をし続ける仲間もいいものだ。
利益があろうがなかろうが、一緒に仕事が出来るのは嬉しい事だ。
例え利益があくとも僕がやりたいと思うのならいいではないか。きっとその先に何かが待っているかもしれないから。

一緒にやってきた仲間だと思っていた者が違う場合もある。

昨日の敵は今日の友。昨日の友は今日の敵。
友では無くとも、仲間でも知り合い止まりでも関係なく、今までは普通に居られたのに、今日敵になる事も多々ある。

それは僕にとって一番に残念で失望する日々をしばらくは送る事になる。
僕が思うようにはならないのが現実だ。
ただ、絆だけは守りたい。

自分で切るのはたやすい事。
たとえ、何年・何十年会わずとも絆があれば会ったときに時間の穴埋めはすぐに出来るはず。
出会えた奇跡というものを理解し大切に育てている者であれば、自ずと分かるはず。

なのに、昨日の仲間は今日の敵になってしまう人もいる。

また一人僕の人生の中で、要らない者が生まれた。

だけど、これくらいの失望や裏切り、落胆があるから僕は戦っていけるのだろう。
壁にぶつかり、不安に押しつぶされそうになるから僕は戦い続けられるのだろう。

雑魚や小ボスや中ボス、大ボスRPGの世界では常に主人公の前に敵は現れる。
負けないように強くなるだけだ。倒せるまで努力するだけだ。

仲間でなくなるのは悲しい事だが、それはきっと運命だろう。
そういう者たちが増えるたびに僕は強くなることを、彼らは知らない。
なるべくしてなった必要のない者。

きっとまた僕の周りには新しい仲間が増える事だろう。だから一瞬の失望などたいした事ではない。

カテゴリー:社長ブログコメント(0)

創世記【My History 7】

今の僕を形成しはじめた日々が始まったのは、2003年。

その年までは、僕は責任感などなかった。上手く会社の流れに乗っていればいいと思っていた。
自分以外がどうなろうと良かったのだ。僕に被害が被らなければ。
給料や昇級に関係する人物だけに媚びを売り、良い子を演出して過ごしてきた。

別にそれに物言う人がいても気にしてはいなかった。
流れに乗ってさえすれば安全で守られた世界にいるのだから。

それは大きな間違いだと気づいたのが、2003年。

会社の部署を僕が任され、僕の下に部下が入社し、部署として上司として会社に貢献できるよう頑張ろうと思い始めた。
僕の真似をしてもいいように、僕は精一杯に常識を重んじ、何を聞かれても答えられるように日々勉強し努力し続けた。

聞かれて答えられない。相談されて答えが出ない。仕事でも何でも必ず解決するように陰なりに努力した。
僕が分からなくて、僕が出来ないものなどあってはいけない。
そんな強迫観念に囚われていたが、僕は何度も克服し出来るように努力した。

初めての部下にどう接していいかのか分からない事も多かった。
逆に部下に教えられる事もあった。
今までは社内から出たことはなかったが、クライアントに直接打ち合わせで出向いたりするようにもなった。

僕が出来る範囲以上に、何かに打ち込む事がこの年から始まったのだ。

これが僕のターニングポイントだと思う。

この時がなければ、きっと今の僕はいないだろうし、今の会社もないだろう。
もしかしたら、今一緒に働いている仲間とも出会ってなかっただろうし、未来が変わっていただろう。

どんなドラマティックな展開でも、普通のありふれた展開でも構わないが、
運命や宿命なんてものをこの時僕は感じたのだった。

部下と意思疎通が上手く出来ずに、苦しい立場に立たされた事もあった。
僕の事を怨もうが何しようが守らなければならないもののために、部下を辞めさせた事も何度かあった。

守るべき思想が生まれたのはこの時だっただろう。

2003年から2004年が僕の創世記だ。

カテゴリー:My History, 社長ブログコメント(0)